わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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よかった、駒大苫小牧の選手たち
子育てパパさんが記事で紹介してくれて、今回の甲子園は、広島のことを含めていろいろなことがあった大会だったことがわかりました。ちょうど大会の開始の前日に日本を出て、帰ってきたのが決勝戦の翌日。ということで、完璧に甲子園のない夏を過ごしてしまいました。こんなのははじめてだなぁ。ともかくも駒大苫小牧の選手の皆さん、胸を張って3連覇を目指してください。

ともかく優勝取り消しなどというようなバカげたことにならなくて良かったです。「明徳義塾と違って、生徒自身が暴力をふるったわけではなかったから」という理屈が立ったのがラッキーでした。(少しこの理屈に対する皮肉が入ってます)
暴力の根絶を訴える高野連の文書についてはその通り。いいことを言っていると思いました。でも本質はそこにあるのではない。一番問われなければならないのは、どうして高校野球だけこのような不毛な純潔主義、厳罰主義がはびこるのか。だと思っています。この点、

「高校野球」は、前述の理由で人気が高いと言うこともありますが、なにか高校野球そのものを権威づけたり、必要以上に神格化するから、単なる部活動が社会的な大事とまで取り上げられているのではないでしょうか。
では、誰が高校野球を神格化するのか?
「朝日新聞」「毎日新聞」というメディアが主催し、大きな資金が投じられてコマーシャリズムに乗っているために商品価値の担保として「大会の伝統と権威」を保持し続ける必要があるのかな。


という分析が、参考になりますね。

いろんなことがあるのが高校生活じゃないですか? はじめから暴力が悪いということがわかっているのなら、教育の必要がないです。クラブという場で暴力がふるわれたことは社会で大いに問題にしたらよい。批判すべきはすればよい。高校生はきっといろいろなことを考えるでしょう。暴力はそうはいっても必要悪なのではないのか。あるいは、部長との間の微妙な連帯もあるだろうし、それとはいったいどう折り合いをつけたらいいのだろうか。こういうことをぶっちゃけで考えることが、社会で生きてくるのではないのでしょうか?
本当に大切なのは暴力事件があったことではなく、その暴力事件をどう考え将来につなげるかでしょう。高野連の処分は結局のところ暴力事件があった時点で話はおしまい。の思想ですね。これは「権威」の発想であり、教育の発想ではない。
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