わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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主観的精神論に依存する戦争はいけないという認識を持とう。正義か否かの評価を超えて。
沖縄戦の記録を見ている。
沖縄の住民も日本国民の一人として国民皆兵の掛け声のもと軍務を担った。靖国での再会を語らいながら主観的には喜んで死んでいった住民もいた。しかしこれはやはり美談とは言えないと感じる。

「生きて虜囚の辱めを受けず」の論理、一億火の玉となって死ぬまで戦うという思想。僕はこれを主観的精神論に基づく錯誤だと断じる。これらの思想こそ、二度と繰り返してはならない日本の弱点である。それが正義の戦いであったとしても。
生き延びればよい。守れる命は全力で守り、投降すればよい。兵士や住民の命を粗末に扱う国家は、やはりそれ相応の戦いしかできなかった、というのが日本のかつての戦争の結果だ。
命がすべてにアプリオリに優先するからではない。生き延びてさえいれば、民族の独立と誇りをかけて戦うことができる。そのために必要な条件を国として確保することができる。命を大切にしていれば、もっと有効な戦いが、たとえ最後に負けていたとしてもできていただろう。投降し、生き延び、敗戦後も日本人の誇りを保持するのだ。

「日本は正義の戦いをしたのに」、という人もいるだろう。この記事、この論点において、僕はそういう立場を認めるにやぶさかではない。だが、日本の戦い方は合理性を欠き、誤りだらけだったことは間違いない。

合理的判断を欠いた敗戦のありさまは、戦後日本を深刻に制約している。その結果、「米国からの自立」を旗印に米国の属国として経済も安全保障も自衛隊も売り渡す、倒錯した政権が今日本を支配している。
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