わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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集団的自衛権行使容認の根拠を特定秘密にすることもあるそうです
松井計氏のツイッターまとめはいつも情報に満ちていてありがたいですね。

ほら、出たぞ。
これじゃあ、閣議決定の時に3要件という歯止めを作った意味が全くないじゃありませんか。
この政権というか、総理はアブな過ぎる!このままじゃダメだよ。
⇒東京新聞:集団的自衛権 行使容認の根拠、特定秘密指定も:政治 http://t.co/s8rAy43e40


安倍総理の「善意」の押しつけはいつもながら凄い。国民の安全のことを考えると夜も眠れない、といった風情である。「国民の安全に政治は(総理は)責任を持つ」べきだと思っている。それはいい。だが、そこから次の帰結を導く。「政治は(総理は)必要と判断した場合は人権も制限してかまわない」と。
この立場を要約すると、命や安全のためなら政府は何をする権利も持つ。国民の人権はそれに従属する。ということ。
こういう「安全」保障の押しつけを拒絶する必要がある。

非常事態を想定して政府に人権侵害のお墨付きを与える制度を作ってはいけない。

本当に非常事態が起こった場合には、政府はその権限であらゆる方法を取るしかない。例えば急に町にゴジラが現れてあばれたならば、緊急避難の組織や、戦略的な財産の選択的保全措置や、自衛隊の派遣といったことが行われる必要がある。多くは超法規的措置にならざるを得ないだろう。そうした際の特殊な事情のあれこれをあらかじめ法的に明確化して準備しておけると考えるのが間違っている。
安全のため、人権の制限される状況をあらかじめ制度化すると、これは悪用される。真に緊急の場合の人権の制限を含む政府の措置は、政府自身の権限で超法規的に(法的に正当化できない状況の下で)行われるべきである。措置の適否は、法的にではなく、政治的に判断されるべきなのである。
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