わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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八重山教科書採択問題をめぐって
地方教育行政法の規定は教科書の採択権限は各教育委員会にあるとしている。
一方教科書無償措置法では、教科書の採択にあたっては、単位教育委員会を超えたエリアにわたる「採択地区」を定め、その単位で同一の教科書を採択することとしている。
このようにしている理由は、教科書無償配布の事務的負担の軽減という側面と、教科書研究を行うに必要な教員の配置数を確保することがあると考えられる。
いまどき前者の側面の切実性は相当薄らいでいるものと考えられる。
後者については、一定の合理性があるようにも思う。集団的に、一つの教科書を選ぶとすればどれか、合意に至るように調整することは積極面だ。とはいえ、ある教育委員会にどうしても嫌だという教科書を使わせる理由とはならないのではないだろうか。各教育委員会の自主的な判断を重く受け止めるべきだと僕は思う。判断の理由を明確にし、高らかに世に問えばよいと思う。
もちろん、だからといって合意に至ろうとする努力を蔑ろにしたり、無思慮なかたちで判断してもよいということにはならない。もしただの「盲目な歴史修正主義の立場から」、あるいは、「盲目な左翼史観の立場から」、特定の教科書を採択あるいは拒否するだけの教育委員会の姿勢があるとすれば、それは長い目で見たら否定されざるを得ないものだ。また、こういう風にして葛藤や実践にもとづく経験を通じてしか社会は教科書の採択などと言う困難な問題の回答を見つけることはできないのだと思う。中央官庁の通達で納得を通じることなく教科書を変えさせることは、社会による教科書採択に必要な葛藤や実践の機会から人々の経験を遠ざけてしまう。得策ではないと思う。

したがってわにぞうは、今回の件に関して、採択地区単位の熟議を促しながらも、竹富町教育委員会の決定を尊重することが、長い目で見た日本の教育の改善に役立つと判断している。このことは一見育鵬社の教科書に厳しい判断のようにも見えるかもしれないが、逆に言えば、しっかりとした強い理路に基づき、育鵬社の教科書をどこかの教育委員会が単独で採択をするならば、これをも容認することを意味している。少なくともこれを「制度的に」禁圧することには与しないことをもあわせて表明する。

上記は、教科書の内容と、事の経過に踏み込まない一般論・形式論においても、竹富町教育委員会の決定を尊重したいという意見である。
以下付記するのは、上記の形式論を踏み出した論点。

竹富町教育委員会の主張によると、育鵬社版の教科書には米軍基地の問題が取り上げられていないとのことだ。沖縄の子供の教育には適切ではないという論理はうなずけるものだ。正当性のある強い主張だと思うし、その思いを教育の場で検証してほしいと思う。
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