わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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雑感:小林よしのり「戦争論」
小林よしのり「戦争論」を読み返している。その人気の要因の一つは、よどみきった言論空間のもとで議論の対象ともなっていなかった「戦後民主主義的なもの」がはらんでいる問題点を、あえてまっすぐ提起しているところにある。共感できる部分を中心に、改めて感じるところを記しておきたい。

「絶対平和主義」というなかなか反論しにくい対象に対して、その空想的な特質からくる脆弱性を正面から衝いている。
その不可欠の前提として、「絶対個人主義」の限界をあえて指摘する。そして、その現代社会における否定的な現れを具体的に例示して説得力を増すとともに、若者たちへの生き方への迷いを直撃している。「公」と表現される何らかの社会的な意義に対して「個」が殉ずるということは、ともすれば「戦後民主主義的な」パラダイムの下で一面的に否定されがちであった。それに対して正面から疑問を投げかけ、ひっくり返そうとしている。
このような、「絶対平和主義」「絶対個人主義」という、「戦後民主主義的なもの」の一側面を確かになしてきた思潮について、正面からその限界を指摘する。彼の提起する戦後民主主義像は、単なるカリカチュアではない。

歴史観の貧困に切り込む「戦争論」
そしてその論は歴史観に向かう、かつての侵略戦争の時代を「絶対悪」として「暗記」し、平板な評価にとどまってきた世代の世界観を根底から揺さぶる。
かの侵略戦争は悪人が企んでやった単なる悪事ではない。また、それを侵略戦争と認めることは、先人たちを人格的に悪と認めることとは違う。帝国主義戦争の時代の制約を受けた一帝国主義国の侵略戦争として、科学的に分析をしなければ、本質を見失う。小林よしのりは帝国主義戦争という道具立てを正しく使いながらかの戦争の性格を議論する。いまの学校では、こういう観点から歴史を見るような歴史教育は行われていないから、若い読者にとっては新鮮だろう。ここから一気に帝国主義戦争不可避論にはまる。あるいは戦争責任の追及=先人の人格否定と短絡して反発する。
授業では、侵略戦争としての本質がどう論争され、理解されてきたかについてはほとんど紹介されず、「侵略戦争だった」という結論だけが示される。あとは情緒的な反戦教育。こういう教育の下で育てられた若者たちが、小林よしのりの議論に引きつけられることは必然だとすら思う。それこそ「洗脳が解けた」と彼らは思うだろう。

民族の問題の提起
アジアの諸民族の独立とか、日本民族の自立といった価値を押し出しているのも特徴である。民族的価値の機械的否定も、「戦後民主主義的なもの」の一つのあらわれであるが、実は国際的に見るとこれは一般的ではない。むしろ民族の主権を確立することこそが、現代国際社会の最も重要な課題として認識されているのではないだろうか。民族の主権を、誤った愛国心への嫌悪とともに押し流してしまうことの問題点は、逆にイラク戦争へ向かう経験などの中で裏書きされていくのだが、その視点から改めて先の戦争を眺めると、急にこれまで考えたこともなかった展望が開けることに、人々はまた驚いてしまうのだろう。こういう民族主権不感症が、米国の支配の下で植え付けられてきたことも事実だ。それへの機械的反発は今日、幼稚なプチ民族主義を至る所で生み出している。

戦後民主主義の弱点
小林よしのりの議論は、「戦後民主主義的なもの」の中に隠されている本質的な弱点を基本的には正しく指摘しているのではないかと自分は思う。「絶対平和主義」はそれなりの覚悟と展望を前提としてこそだ。「絶対個人主義」はやはり社会的な存在としての個人を捨象してきたのではないのか。個人がその命を賭けうるような価値は世の中に存在している。これを見ず、「命は地球よりも重い」と言ってみたところで、人々はその欺瞞性を見抜くだろう。「民族主義否定論」は世界が民族国家の主権を前提としてはじめて国際社会の民主主義的な仕組みが可能となっている側面を見ないものである。
小林よしのり「戦争論」は、戦後平和主義・民主主義の潮流に対して課された、本質的なハードルなのだ。その影響力は広くて深い。それだけの覚悟を以てこれにこたえていく必要がある。よしりんがきちんと正面から指摘してくれたことをむしろ感謝した方がよい。じっと黙って利用し続け、いよいよという局面でこの弱点から戦後民主主義の価値を一気に葬り去ることだってできたはずだからだ。

小林よしのりの方法論の特徴
彼はあくまでもエンターティナーである。読者を楽しませることに至上価値がある。学者ではなく物書きなのだから当然だ。したがって、個々の資料の正確な引用や分析が目的で行っている言論活動ではない。読者がおもしろくないようなあたりまえの結論を提示しても何にもならない。読者に驚きを提供することが職責ですらある。だからあくまでも「正確な」議論よりも「おもしろい」議論を優先させる。当然である。これを非難するのはおかしい。
それから、これだけの問題領域をなで切りにすることは、ある意味ですべての論点の完全な理解を下に行うことは不可能だろう。もちろん、基本的なことについてはよく資料を読みこなしていることがわかるが、基本的には大きな世界を先に構築し、知りうる資料を駆使してその世界を表現することが、小林よしのりのやり方である。だからこそこれだけの大きな構想の読み物ができるのだ。一方で、恣意的な資料引用になることは当然ある。おもしろいが無理のある議論だってある。そこは読者が自分で判断をして自分の中に取り入れればよいことだ。
それにしても数年にわたり、これだけぶれの少ない議論を展開できる展望力は間違いなく卓越している。その理由は、持ち前の批判的精神と併せて、哲学的にも、経済学的にも広くかつ科学的な知識の裏付けを持っていることにもあるのだろう。全体としてコンシステントな大きな世界観の下に創造活動を行っているから、これだけの仕事ができるのだ。
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