わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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戦死者たちの悼みかた
大義と祖国のために戦争に赴き戦場に散ったものたちへの畏敬の念を持ち、彼らを悼む気持ちを持つことはきわめて自然な感情だと言えるだろう(これに対して反論もあり得ることはよく理解しているつもりだ。この点については別途)。だが、それと戦争の性格の評価とはまったく別の問題である。戦死者への畏敬の念を即戦争の肯定に結びつけようとする(あるいはその裏返しも同様)論者たちは少なくとも、ここにはもっと多様で豊かな立場がありうることを認めたほうがよいと思う。

自分はかの戦争に命を賭して赴いた先輩方に対しては、深い畏敬の念を禁じ得ない。しかししばしば人は、彼らが参加したかつての戦争を根っこから肯定しなければ、そういった先輩たちを否定することになるという。そうだろうか。
一方で、かつての戦争を否定する論者はしばしば一般戦争従事者の「加害責任」をあげつらい、彼らの死をおしなべて「犬死に」と断じてはばからない。こういう論者に自分は怒りすら覚える。
加藤周一氏がコラムで述べていたように(うろ覚えだが)、「戦死した友人を裏切るまいと思うからこそ靖国神社には決して参拝しなかった」という悼みかたも、人間として尊敬に値するありかただと思う。自分はこのような立場にむしろ共感する。
戦争の肯定・否定をそのままその時代を生きた人々の人格の全肯定・全否定に直結させる。こういった問題の過度の単純化を離れてこそ、人々の営みへの豊かな想像と、生きた教訓の導出が可能となるのではないだろうか。受験勉強型の歴史学習がこういった平板な歴史認識を蔓延させているのかもしれない。
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この記事に対するコメント

わにぞうさん、こちらにもコメントを残していきます。私も、わにぞうさんと殆ど同じ気持ちでいます。多くの場合、それは、どういう立場の人であれ、戦争で亡くなった方々に、敬う気持ちを忘れてはいけないと思うからであります。評論する側が「犬死・・・」という言葉を使うのは良くないですね。

それに、歴史教育は大切だと思います。もっと時間をさいて色々な詳細、真実を小学校、中学校で教えるべきですし、国語、体育、道徳教育も時間を増やし、心を養うような人間作りが必要だと思います。そして、高校、大学と専門的な知識を選択できる様な、システムを構築して行く事も大切だと思われます。
【2005/06/25 17:13】 URL | isharejp #DxykphA6 [ 編集]

教育は大切ですね
特に近代史の教育がなおざりになっていることは昔から指摘されてきたところですね。内容的にも少々平板に思います。日本はただ愚かだったから、当時の人々、政治家と軍人たちが無知で野蛮だったから、あの戦争を行っただけだ。教科書はさすがにそんな単純な書き方はしていなかったと思いますけど、現実の授業の結果としては、平板な戦争観だけが残る結果になっているのではないでしょうか? 戦争というのはそんなに単純なものではないでしょう。これでは、今日の教訓にもならないように思えてなりません。
【2005/07/02 22:31】 URL | わにぞう #- [ 編集]


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