わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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新現実主義への批判【「反官反民」(中野剛志著)を拾い読みする②】
今日の世界の流れや日本の立つべき位置を洞察するうえで極めて重要な認識の一つに、「現実主義」をどうとらえるかということがあるだと思う。

現実をできるだけ合理的に理解することは、問題の解決にとって重要であることは間違いないだろう。その際、現実主義者たちは軍事や経済といった計量可能な指標のみに頼ろうとする。そのほかの要素は不確実性も大きく、合理的現実理解には逆行するととらえる。例えば核兵器を忌避する、といった行動原理は、計量可能でないために捨象され、そのようなことを国際政治の現実問題を考量する際に持ち出すのは非科学的だ。と主張される。
このような一見反論しにくい現実主義は実は非科学的なもので、現実を理解する指針とはなりえないということについて、僕は「核兵器使用を阻止する力」(2006年4月28日)というエントリーで主張した。

核兵器の使用を許さないと考える人々の運動は、明らかに後者の考え方である。国際世論などというものに依拠をする、現実を見ない空想主義ということになるだろう。したがって、「リアリスト=パラダイム」からは全くの無意味な(愚かしい)行為だということになる。
しかし、戦後60年以上にわたって一度も核兵器が使われることがなかった、という事実についてもう一度よく考えてみると、それを「リアリスト=パラダイム」の立場からどう説明できるのかがよく分からない。「核の傘」によって守られていないはずの非核保有国の数々が「核武装国を相手とする戦争に参加」してきたにも関わらず、なぜ一度も核兵器使用がなされなかったのか。
つまるところ、核兵器をめぐる軍事力均衡とは明らかに別の要素が国際政治を実際に動かしていることを認めなければ、戦後政治は理解できないことを意味している。だから、核兵器を使われたくないと考える人々は、そう思う理由を主張しておおいにアピールすればよい。この行動は無意味ではないし、戦後政治の現実を見る限り、むしろ非核保有国に対する核兵器使用の決定的な抑止力である。


この直後にコンストラクティビズムという思潮を見つけ(「コンストラクティビストの核抑止論理解」, 2006年4月29日)、より強固な基盤の下にこの考えを主張できるようになった。

「はじめて核兵器の被害を受けた国民として、核兵器は持ちたくない」、「核兵器を使用することは倫理的に許されない」とか、「核脅迫に基づく国際関係は不当である」といった、「文化、規範」などが持つ「相互主観的な意味を知る必要性」が強調される。リアリズムの立場が「核戦力の均衡」という物質的側面に即して問題を理解する一方、「文化、規範」といったものを不確かなものとして考察から排除することによって、定量的、客観的な問題理解を可能にしようとするのに対して、コンストラクティビズムの立場は「文化、規範」といったものが事実国際社会を動かす客観的な実在であることを主張するのである。


そういえば、米国大学院への留学の中でこの思潮に大きな影響を受けた東大作氏の2005年5月13日付のブログからコンストラクティビズムの考え方見つけたのだった。

こうした思考に響きあう主張は、イラク戦争を推進しようとする者たちの「現実主義」を批判する立場から、当時中野剛志氏から3年も先んじて提出されていた(『発言者』2003年4月号)。

ブッシュ政権の戦略参謀たちは、軍事および経済を中心に政策を立案、というよりは「計算」しており、例えば文化、理念、精神、道徳、あるいは国民感情に対する配慮をまるで欠いているようである。しかし世界は、計算不可能な道義や国民感情によっても左右される。また軍事力や経済力ですら、それを産み、支える究極の力は、国民の精神力である。・・・
ブッシュ政権の戦略のように、世界を、軍事力や経済力によって動く国家間のパワーゲームとみなす思考は、アメリカの国際関係論の世界では「新現実主義」と呼ばれている。笑止な呼称である。世界が軍事と経済を中心に動いていると考えるのは、非現実だからである。(「反官反民」p. 26)


経済の問題の即して言えば、目に見えるGDPや国籍企業の利益などにのみ依拠して現実を評価する立場。安全保障の問題の即して言えば、相手を圧倒する軍事力を持つかどうかのみをもって安全保障政策を立案する立場。これらの、科学的に見えて実際には現実を左右する要素の大半を捨象する非科学的な立場を乗り越える論理を、我々は持っている。そして中野氏は、国民経済の構築という課題に焦点をあてて、現実に影響を及ぼし得る戦略的主張を開始して現在に至っている。僕は心からこの試みに期待をしている。
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