わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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内田さんの紹介する下村治氏の経済論
内田さんのブログ記事「雇用と競争について」(内田樹の研究室)から。下村治氏の『日本は悪くない、悪いのはアメリカだ』(文春文庫. もとの単行本は1987年の出版)を紹介しながら論じている。

国民経済というのは、このグローバルでモノトーンな世界に対して、ローカルで、自律的で、カラフルな経済環境を対置させようとするものである。
世界は同心円構造ではなく、サイズも機能も異なるさまざまな国民経済圏に「ばらけている」方がよい、という考え方である。
その方が個別的な「経済圏」の中に暮らす人々を「食わせる」ことのできる可能性が高いからである。
下村によれば、国民経済は、生産性の低いセクターで働く人たちでも「食える」ように制度設計されている。
それだけでもたいしたものだ、と下村は考えている。


経済を国民の暮らしの側から見る。大して生産性が高くなくとも、普通に社会で役割を果たして努力をしているならば、そのような人々が幸福な生活ができる保証を与えるために国家はある。ということだ。ところが、現代の国家は、人々の暮らしの成立のうえに、経済効率性の向上を置いた。その途端に生産性の高い一部の産業がぎりぎりまで減らされた人員によって維持され、極端な労働強化が行われる一方で、雇用は失われ若者が非正規雇用にとどめられて困難に陥っている。

今の日本における若年層の雇用環境の悪化は「多くの人に就業機会を与えるために、生産性は低いが人手を多く要する産業分野が国民経済的には存在しなければならない」という常識が統治者からも、経営者からも、失われたからではないのか。


完全雇用(食わせること)が国際競争力の向上の「目的」であり、それゆえ、それに「優先する」と断言する人を、私は見たことがない。


のである。
それでも経済効率性が大事だとするグローバリストの言い分は、

たしかに一時的に雇用は減るが、生産性の高い産業が日本経済を牽引して、いずれその突出した成功をおさめた国際的企業の収益が下々のものにも「余沢」を及ぼし、雇用は回復することであろう・・・


というものだ。これに対する下村治の言葉は以下の通りだ。

「それぞれの国には生きるために維持すべき最低の条件がある。これを無視した自由貿易は百害あって一利なしといってよい。(・・・)自由貿易主義の決定的な間違いは、国民経済の視点を欠いていることだ。」(96頁)


内田さんは続ける。

下村は自由貿易で国内産業が壊滅したチリとインドと清朝中国の例を挙げている(存命していたら、2008年のメキシコの食料危機も例に挙げただろう)。
そして、ハロッドの次のような言葉を引いている。
「完全雇用は自由貿易にもまして第一の優先目標である。完全雇用を達成するために輸入制限の強化が必要であれば、不幸なことではあるが、それを受容れなければなるまい。」(100頁)
続けて下村はこう書く。
「自由貿易とはそういうものである。決して、神聖にして犯すべからざる至上の価値ではない。
強大国が弱小国を支配するための格好な手段でもあることをもっとハッキリと認識すべきだ。」(100頁)


彼らは「自由貿易は完全雇用に優先する(なぜならば、自由貿易の結果、国際競争に勝利すれば、雇用環境は好転するはずだからである)」というロジックにしがみついている。
彼らが見落としているのは、自由貿易の勝利は、最終的にどの国の国民経済にも「義理がない」多国籍産業の手に帰すだろうということである。
「国民を食わせる」というような責務を負わず、「生産性の低い産業の分まで稼ぐ」というハンディを背負っていない多国籍企業が国際競争では勝つに決まっている。


「自由経済、自由貿易、効率化」を公理におけば、様々な帰結を「無矛盾かつ合理的に」導き出すことができる。だが、現実はこれだけで説明されない。
中野剛志氏は、こういった風潮に対して以下のように語っている。(ニコニコ動画、「中野剛志がブチギレているホントの理由」
より)

もっと極論を言えばですよ、何で、たかだか非効率だっていうくらいで、路頭に迷わなきゃいけないんだよ。おかしいだろう。だって、皆さんもそうかもしれないし、僕の近所だって僕の親戚だって、そりゃ働いてますよ。だけど、デフレでいろいろあるし、能力の問題だってあるから、一生懸命働いたって効率性なんて上がんないですよ。非効率だけれどもまじめに働いて、家族養って、子や孫を養って貯金しているんでしょう? 何でそれが路頭に迷わなきゃいけないんだよ。おかしいじゃねえかと。


これがコモンセンスというものだろう。また、日本国憲法の本旨でもある。すべての国民に健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を認め、その保証を国家に義務付けている。これは国民国家の目的なのである。
中野氏が上記のように言う背景には、単なる感情論ではなく、国民の利益を守るためには、そのような国家の機能を大切にしなければならないという基本的な認識がある。国家が国民の暮らしに心を寄せることをかなぐり捨ててしまえば、もはや強者必勝の経済原理のもと、大多数の国民の利益は決して守られない。この当たり前のことを、グローバリストはもちろん、多くの政治家やマスコミの人々が理解できない状態にある。
この背景には、国家や民族に対する戦後世界の認識の混乱があると僕は思っている。この混乱は戦前の幼稚な国家主義への機械的反発によって起動され、冷戦下の日米同盟のもとで放置され、ソ連崩壊後の「ボーダーレス」幻想の下で基層に刷り込まれた。だが下村治氏はこのような混乱から自由であったのだ。だからこそ戦後の経済政策の成功を支えることができたのだろう。
この記事へのtweetを見ているが、多くの人々がこの記事に共感を表明していること、また、この記事から「国民経済」という基盤を公理においてもいいのだ、ということを認識していることがわかる。心強い!
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