わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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マスコミと「被害者の立場」
isharejpさんからのご質問。
報道機関が「被害者の側に立つ」のが「危険性が秘められていることに注意が必要だと考えている・・・」という所を、具体的にお考えをお聞きしたいです。

この点少し思うところを書いておくことにします。

被害者と本当に経験を共有することはできない
まず最初に確認しておきたいのは、被害者(当事者)でないものは決して被害者の怒りと憎しみをそのまま共有することはできないということです。経験を共有できないことを軽視してはいけないと思います。被害者の怒りは、せいぜい報道で事件に接している程度のものには、同じ実感を持っては伝わるものではないのです。少なくとも自分の場合、被害者と同じ気持ちを持ったと自信を持って言いきれない以上、「被害者の側に立っている」と言い切ることはまず倫理的にできないです。

被害者の怒りの現れは元来理不尽なものである
一方で、被害者の持つ巨大な怒りや憎しみは、しばしば理不尽なあらわれ方をするということも直視するべきでしょう。例えば殺人事件や過失致死事件の被害者遺族が、加害者を同様の苦しみを与えて殺してやりたいと思うことは多いと思います。しかしこれを許したのでは法秩序は崩壊することは明らかです。また例えば北朝鮮拉致事件を取ってみても、当事者は必ずしも大局を見た問題提起をするわけではないことがわかります。経済制裁の早期発動を要求する家族が多いのですが、となりの国との関係を左右する最も重要な切り札を拉致問題の従属物として扱うことははたして正しいでしょうか? また、万景峰号の寄港の拒否を政府に迫りますが、どのような法的根拠を持ってこれが可能だというのでしょうか? 「被害者の立場に立つ」かぎり、これら点については思考停止するよりしかたありません。
これは、被害者を侮蔑しているのではありません。当事者の怒りは、理性の下で行動することを時に許さないほどに大きいのが当然だと言っているのです。
もちろん被害者の中には、その怒りと憎しみの感情を制御し、大局への目も失わずに対応する条件を持った人もいます。イラクで殺害されたジャーナリストの橋田信助さんのご家族のようにです。これは尊敬に値することだと思います。しかし、そのような条件は主体的なものだけで決まるわけではありません。また、いつでも誰にでも要求するべきことではないでしょう。

被害者を祭り上げ、置き去りにするマスコミ
そしてこのような被害者の特殊性は、コインの表裏とも言うべき別の問題をはらんでいることに気づきます。被害者をアプリオリな正義の位置に祭り上げた報道機関はときに、世論の目の前でその被害者たちを「置き去りに」します。ここで念頭に置いているのは、イラク人質事件における家族や、小泉首相と金正日総書記との首脳会談の直後に拉致被害者家族がおかれた状態です。卑劣な誹謗中傷が、彼ら当事者に降りかかったのは記憶に新しいところですが、この背景には、被害者の持つ理不尽性を想像することができないものたちと、それをあおるマスコミとの間の相互作用があったと思います。被害者はときに理不尽なものです。世論はそれをしっかり冷静に受け止めてやることでこそ、本当に被害者の立場を理解した(立場に立ったではなく)対応ができるのではないかと自分は思っています。

報道機関と世論は憎悪を潤滑油にして暴走する
ここまで考察してきた問題に関連して、被害者と世論の間に立って情報のキャッチボールをする役割を持っているのは報道機関です。そして、現代におけるこの両者の関係性のあり方を考えるときに、報道機関の問題点を指摘しないわけにはいきません。報道機関は被害者と「一体化」してセンセーショナルに憎悪をあおってみせます。それはまた視聴率を伸ばす上でも最も手っ取り早い方法です。そして、明確な「敵」を見いだせずに彷徨する社会の閉塞感にこたえてみせることでもあります。それらは互いに互いを必要としながら暴走を始めます。こうして、加害者への憎しみ故に暴走するのは、しばしば被害者ではなく、その周辺で憎悪のみを共有した報道機関とそれに操作される世論であることのメカニズムが理解されます。このメカニズムが最も劇的にあらわれたのは、イラク戦争に至る過程におけるアメリカ世論の動向でしょう。ドキュメンタリー作家の森達也氏は、「主語のない憎悪は暴走する」という言葉でこれを表現しました。
このように考えてくると、この暴走を利用する者の存在も、容易に想像できるではありませんか。こういったメカニズムをしかるべき者はおそらくすでに理解し、折に触れて利用している可能性は高いと思います。

マスコミへの違和感の表明
今回のJR事故の報道に関して多くのかたが危惧を表明された理由は、安易な報道姿勢がこの種の暴走と同様の病理を共有しており、問題の本質から世論を遊離させるものと見えたこと。それを利用する側への警戒感を持ったことにあるのではないでしょうか。
「人が死んでるねんで」という言葉が記者会見場における殺し文句として飛び交い、憎悪の対象を求めて徘徊している映像に、多くのブロガーが驚き、情報と意見を発信したことは、われわれ日本の世論もこの間の出来事からいろいろなことをそれぞれに学びつつあることを示しているように思います。こういう批判的視点を評価する立場から、自分はこれからも議論に参加するつもりです。
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この記事に対するコメント
わにぞうさん、こんにちは。コメント遅くなりました。
>被害者と本当に経験を共有することはできない

私の場合は、いつも色々な事件事故を報道で知ったりすると、立場の弱いものの立場に立って、発言をするようにしています。もちろん当事者ではないので、わにぞうさんの仰っているように、まったく同じという事にはいけないと思います。しかし、相手の心の痛みを察したり、どんな気持ちなのか、ある程度、分かち合う事は出来ると思います。相手の心情を想像し、その人の立場にたった発言をするのは、人間の社会では大切な事です。また、結婚、恋愛、全ての人間関係には必要な事でもあると思います。一言で言えば、「思い遣り・・・」という事だと思います。

>被害者の怒りの現れは元来理不尽なものである

私は、死刑になった宅間の命よりも、刺し殺された子供達の命の方が大切だと思います。数ヶ月前にも、確か愛知だったと思いますが、刑務所から仮出所したばかりの男(34)が、4歳の子供を母親の目の前で刺し殺しました。その傷は首からアゴまでたっするものでしたが、きっと母親は、自分の子供の姿を見て、我を忘れ気が動転し、何をして良いのか、どうしたら良いのか戸惑い、身体の震えが止まらなかったのではないでしょうか。もしかしたら泣きじゃくったかも知れないですし、その子供と変わってあげたいと思ったかも知れません。時間が経ち、その犯人の事を殺したいと思ったかも知れないです。

しかし、第三者は、そのような思いの要求をのむのではなく、そのような心情をある程度、察する、理解する、苦しみを聞いてあげる、分かち合って上げるだけで良いと思います。その気持ちを被害者が伝えたいというなら、報道機関は、その事実をただ伝えるだけで良いと思います。それが、「立場の弱いもの立場に立っている。(被害者の側に立っている)・・・」という事になると思います。

>被害者を祭り上げ、置き去りにするマスコミ

今回のJR西日本脱線事故で、被害者に対して誹謗中傷もあり、私としても残念な事だと思っていますが、私は、これ一つを見てもマスコミが煽っているから、そのような現象が起きたとは思わないです。やはりそれは、そういう卑劣なことをする人間の資質の問題であり、そういう人間は、この事故に限らず、普段の生活でもおかしな所があると思います。置石もしかり、関係ないJR西日本の職員への暴行、罵声もしかり、その人間の資質の問題で、その原因がマスコミにあったとしたら、マスコミはなにも報道が出来なくなり、我々国民は、なにも真実、事実を知る事が出来なくなります。一部の方が煽っていると言っていますが、私には、そのようには見えていなく、ただ、事実、真実を伝えているだけで、後は、受け取る側の問題だと思います。

>報道機関と世論は憎悪を潤滑油にして暴走する

「報道機関は被害者と「一体化」してセンセーショナルに憎悪をあおってみせます。」という事ですが、煽っているのではなく、ただ、その事実を伝えているだけで、報道機関は全てとは言いませんが「煽ろう・・・」など、思っていないと思います。私は、わにぞうさんが仰っている事よりも、例えば、民報などの番組の作り方の方が問題だと思います。最近では、くだらない事を面白おかしく放送している番組、何の足しにもならない番組など、色々ありますが、もっと日本人にとって精神的に成長が出来るような、番組作りをする必要があると思います。例えば、先日の日曜、報道2001で靖国の方、東條元首相のお孫さんが出演され、色々な議論をされていました。このような国民にとって知識を身に付けられる様な番組作りが大切だと思います。

>マスコミへの違和感の表明

私は、全てマスコミが正しいとは思わないですが、新聞社のミスリードは別として、マスコミを批判した所で世の中は良くならないと思います。もっと優先して糾弾しなくてはいけない所は沢山あると思います。例えば、社会保険庁、道路公団、警察機関、行政機関、個人による悪質な事件など、マスコミより悪質なことを平然としている組織は山ほどあります。なぜ、国民の力がそのような方向に行かないかも不思議ですが、日本の事を思うのなら、そちらを優先する方が先決だと思われます。完全でない所もありますが、少なくても報道機関は、悪行を続ける組織を糾弾し、追及し続けています。

長々とコメントをしてみましたw 最近、東京裁判の記事を作りましたので、わにぞうさんの戦犯関係の記事にTBさせて頂きます。
【2005/06/10 16:55】 URL | isharejp #z/e5tVXc [ 編集]

ありがとうございます
報道機関に対して是々非々で行くという点では、isharejpさんも自分も同じですね。自分は、さまざまな犯罪的行為の当事者に「とんでもない」「想像もつかない」異形のものへの憎悪を向けるだけでなく、そういう人々のおかれた状況への想像力を保つ、そういう報道を願っております。これは例えば、戦前戦中を軍人として生きた人々を「戦争協力者」のレッテルで見るのではなく、個々の生き様として具体的に想像する側面を忘れない、ということに相当するでしょう。
この点についても、もう少し具体的な記事をまたどこかで書かせて頂きます。
【2005/06/13 23:42】 URL | わにぞう #- [ 編集]


どうもどうも。
こちらからもTBのお返しをさせて頂きます。
「世界が完全に思考停止する前に」のレビューになります。
【2005/10/21 16:31】 URL | らいおん #- [ 編集]


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