わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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放射性廃棄物の問題(中野剛志氏への応答)
中野剛志氏が「原子力関係の利権を得ようとして」w脱原発派の「サヨク性」を痛烈に批判している。

なぜ脱原発派に左翼が多いのか。その理由は二つ。第1に、エネルギー確保という意味での国家安全保障のための原発であること。国家が主役だから左翼は嫌なのだ。そして第2に、これだけの巨大エネルギーになると、国家が前面に出て国家政策としてやらざるを得ない。だが国家が嫌いだから、左翼は嫌なのだ。要するに奴らは国家が嫌いなのだ。安全とかは関係ないのだ。

戦争の反省の方法を考えてみよう。反省には二つの方法がある。第1は、「二度と負けないようにしよう」というもの。第2は、「武力を放棄しろ。国防を放棄しろ。そうすれば二度と国防に失敗しない」というもの。日本の戦後的なものは後者を選んだ。原発も同じ。反省の仕方は二つ。「二度と事故を起こさないようにしよう」というものと、第2に「原発を放棄しろ。」ということ。だが、「武力を放棄する」ということは破たんしていることは現代社会では明らか。

よく安全神話に騙されたという。だが、本当に信じていたのか? 本当に騙されたのか? 善良な市民を愚かな指導者に対置する議論は欺瞞だ。軍部が悪いのはそうだが、ハルノートで合法的領土も放棄せよと言われた。だから戦争は仕方がない面もあった。

小林秀雄も、戦後「反省」を軽やかに口にする有象無象に対して言い放った。「君たちは利口だから好きなだけ反省なさるがよい。僕はバカだから反省なんぞはしない。」

僕もバカだから脱原発なんぞはしない



というようなお話だった。

ある割合の脱原発派が「サヨク」であり、国家そのものを機械的に敵視すればみずからは正しいと思い込んでいる。中野氏の指摘は正しいだろう。それは否定する必要もない。こういう「サヨク」にとっては、実は安全性なんてどうでもいいのかもしれない(実際には素朴な危機感とないまぜになっているというのが正しいところだろうけれど)。このような人々は、おそらく国家主権を理解できない。したがっておそらく国家の(ましてや民族の)独立の重要性を理解できない。かれらにとっては、国家も民族も忌避の対象でしかない。かれらは、国家の独立を基盤にしてこそ民主主義は成立しうるのが現代の社会であることを直視できないのだ。だから直接に国家を否定してみせる。当然民族の独立など視野の外だ。危険思想だくらいに思っているかもしれない。国家を飛び越えよう、そうすれば平和だ、とサヨクは思うかもしれないが、それはまさにお花畑だけで通用する議論だ。僕はこういう「サヨク」がとても嫌いである(だが、自分自身がかつてそういうサヨクだったことも正面から認める。25年前までは。このブログではそういう「サヨク」としてものを語ったことはない(つもり))。

だが、まともな民主主義者は必ずしもそういう「サヨク」と同じではない。民主主義の根本には、民族の独立があると理解している。こういう人々も原発の安全性についてはいろいろな見解を持っている。そのなかの原発慎重派の場合、原発はどうでもよいわけではない。別に国家の役割は否定していないから。たとえば安全性を担保出来そうもない原発安全神話を振りまく勢力がマスコミを巻き込んで幅を利かせている現状。放射性廃棄物を引き受けるリスクは本当にその利益に見合うのかという問題。核燃料をアメリカから買うことを前提に動いている問題。これらに問題を感じている人々を国家論だけで切り捨てられるわけではない。

彼の動画を見て少し反省をした点がある。反原発派は安全性を本気で心配していないから、トイレのないマンションと言い放てる。という指摘があった。確かに今後生まれる廃棄物だけが問題なのだったら、こういう言い放ちは可能だろう。だが、既存の廃棄物についてはどのようにできるだけの安全を確保するのか、という議論に真面目に取り合ってこなかった。深い地下に埋めたから絶対大丈夫だとは言えない。とはいえ、今ある廃棄物の最も安全な管理法とは何か。そのことについてこそ心を砕くのが反原発派であるべきであった。いわゆる「サヨク」運動としての反原発の立場だけから原発問題を見ていてはならない。いわゆる「サヨク」運動だけの原発反対運動であれば、中野氏に見放されて当然だ。

いわゆる「サヨク」運動としての反戦運動に対する中野氏の批判もそのとおりだろう。以前から僕も言っているように、武力放棄とは、丸腰でこの世界に対峙するリスクを引き受けるという選択であることを直視して、9条を受け止めるべきなのだ。武力放棄して、攻め込まれたら国を捨てて外国に逃げれば平和?? こういう連中こそ「サヨク」の名にふさわしい。民族の独立を戦争という手段をできるだけ回避して守ることができる世界に作り替えるために世界が流した血を、なんだと思っているのか。

反戦とか、反自衛隊とか、反国家とかの無責任な「サヨク」運動は当然ながら、まじめに日本の将来を心配している中野氏の批判の対象となる。そして、事実そういう言う連中には日本の民衆を守ることもできないだろう。だから僕はこの手の「サヨク」を弁護しようとは思わない。その限りで、中野氏の言うことは大きくは間違っていないと思う。だが、左翼が全部「サヨク」ではないことを中野氏が見ようとしていないことについては間違っていると思う。真の「左翼」を敵に回す必要などないからだ。
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