わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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残念だけれどもまた次を見据えて
沖縄の知事選挙の結果が出ました。残念です。が、県内移設は反対してくれるだろうという仲井真氏への期待がこの結果を支えたのでしょう。その期待通りの行動を願いたいところです。
「超左翼おじさん」のブログの関連するコメントから、強く共感する記事があったので紹介しておきたいと思います。マスコミを潤滑油とした「主語のない述語の暴走」を正面から指摘しています。

さて、前回コメントした続きを書かせていただきます。主題は「怒り」の感情についてです。
人間、誰しも怒りの感情を持つことがある。家族や近しい人が殺されれば、誰でも激しく怒るし、当事者でなくてもその怒りは共有できる。
だが、怒りの感情はエスカレートすると破滅的な方向にいきかねない。当事者がエスカレートすることについては非難するつもりもないし、そうなるのを止める権利もない。しかし、当事者以外の集団が当事者と同じようにエスカレートするのは、バッシングや異論を認めない雰囲気に繋がり、恐ろしさを感じる。現に、近年少なからずバッシングは起こった。
今回の事件について言えば、犠牲になった民間人と軍人の関係者、そして避難を余儀なくされた島民が「もっと反撃しろ。」とか「北の体制を倒せ」などの主張をしたとしても、そういう感情がでて当然と思う。同胞を殺された韓国人の中に、そうした意見があってもおかしくはない。だが、韓国の世論の多数はそうなっていない。そうした主張は北朝鮮との戦争を覚悟することだから、容易にそうならないメカニズムはあるのが。日本も無関係ではないが、直接の当事者の韓国人より怒りがエスカレートするとしたら、それは正常ではないと思う。もちろん、多様な意見はあってもいいし、日本人の中に怒りをエスカレートさせる人がいてもいいとは思う。だが、それが世論の主流になるとしたら健全とは思えない。
なにより、当事者が怒りをエスカレートさせた場合、周りが破局的な方向になるのを押しとどめる役目を果たさなければならない場合もある。そいう意味でも、怒りは共有しても当事者より冷静であるべきだし、それが自然と思う。
また、バッシングが起こるような雰囲気がある場合、それの反対の主張をすることは勇気がいるし、そうした勇気が必要な場面もあると思う。


全く同感です。同様の趣旨で書いたエントリーをここに挙げておきます。
マスコミと「被害者の立場」
被害者との「一体化」報道に対する疑問
世界が完全に思考停止する前に / 森達也
「拉致―左右の垣根を超えた闘いへ」蓮池透著、かもがわ出版

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