わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
04 | 2017/05 | 06
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きょうは投票日
きょうは投票日だ。

下馬評は民主圧勝、自公に壊滅的打撃。である。無責任な政権投げ出しを連発して深刻な政治不信を招き、直面する課題に何一つ有効な手を打てなかった自公政権が国民の手で終わる。そうなるとすれば、ほんとうに祝杯をあげたい気分だ。それに、「民主になったら実際にどうなるのか」を試してみることができることは重要だ。こういう模索を通じてしか日本はもう前に進めないのだと思う。

日本の直面する課題は何か。この間日本が前提として置いていた以下の旧来の3つの仮説
1.アメリカの経済的、政治的、軍事的影響力の下にいさえすれば日本はうまくいく。
2.輸出大資本の国際競争力を全力で保障し、後押しすれば、彼らの成功と連動して豊かになる。
3.閉鎖的な日本の経済と社会を自由化・解放し、グローバル化しさえすればうまくいく。
を清算することにあると思う。これらの仮説は、リアリズム・新自由主義・グローバリズムを理論的前提とすれば「正しい」と言うことになるのだろうが、その前提は疑いうるものだということは、もうあまり異論のないところだろう。これに沿っていけば国民生活は豊かになり、より安全になるはずだったのだが、実際そうなっていないのだから。
結局のところアメリカの世界戦略と、多国籍企業の生き残り戦略に従属することから出てくるこれらの「仮説」に異を唱えること自身はそれほど突飛でも、困難でもない。たとえば大企業からの法人税増税や、農産物の輸入を拒否することは、共産党がかねてから主張していた。普通に日本の国民の普通の生活をまず第一に考えるならば、どちらかと言うと自然な主張である。旧来の仮説の前提となる理論を絶対視するならば「とんでもないこと」かも知れないが、理論は理論にすぎない。
身の安全と経済原理のみに友好な行動原理を求めるリアリズムが実は戦後政治や国際社会の力学を説明できないこと。あるいは新自由主義が結局米国の今日の体たらくをもたらしたこと。そろそろ理論の空論度のたかさに気づいてもよい頃あいなのである。

ところが民主党はまだスマートなリアリズム・新自由主義・グローバリズムの立場からぜんぜん自由ではない。やっぱり貿易は「公正」じゃなきゃ、ということで米国とFTA協議を始めてしまうことを表明してしまう。大企業増税と言う発想もまったくない。「そんなことしたら企業の国際競争力をそいじゃう」と思うわけである。核密約問題では、結構軽々と米国への密約清算要求を約束してしまったが、これはアメリカの世界戦略の根深さが見えていないのではないかと思えてならない。この点、旧来の仮説を意識的に否定している共産党の役割が重要なところだ。ここらが吹き飛んでいるようだと、結局のところ「民主にしてみたけれど結局予算の無駄遣いは変わらないし、消費税も増税。核密約もほおかむり。まったく袋小路のまま」という事態に陥る危険性が高い。不毛なゆり戻しの可能性もある。

だから、今回共産党が都議選の教訓を活かして(少し気づくのが遅いとは思うのだが)、政権交代そのものの積極的意義を無条件に認めた立場どりに成功したことは貴重だった。以前のエントリーでは、共産党の政見転換と比例東京選挙区で「公明党を超える」可能性についてあえて大胆予言した。その前半は見事に的中。後半についても実現するようだととても面白い。 (それに、予言が当たると、オレ自身ちょっとウレしい。)

ひとこと、ここで「政権選択」論の陥穽について触れておきたい。選挙の意義が「政権選択」のみにあるかのように訳知り顔に述べる学者や評論家、マスコミ関係者が多い。そもそも選挙速報番組のタイトルが、「政権選択」だったりする。そうなるとたとえば共産党や社民党が伸びるかどうかなどどうでもよいということになり、政権をとれる党だけに存在意義があるということになる。だがこの論をそのまま展開するとどうなるか。要するに大政党がひとつ確定すればよいのだから、大統領を一人選べば後は何もいらないことになる。その大統領とその取り巻きは国民世論などになにも配慮する必要もないというわけだ。だから、「政権選択選挙」は理論的には国会不要論と等しい。僕はとんでもなくツマラナイ民主主義解釈だと思う。
小政党であっても、たとえば10議席を得れば、党首討論権、代表質問権を獲得する。公明党以外はすぐは無理だろうが、20議席あれば議案提案権が得られる。小政党不要論や、いわゆる政権選択論は、こういったことを通じて丁寧に国会を監視する国民の政治参加の意味を決定的に損なうものだ。結構著名な政治学者や評論家などがこの手の乱暴な論理を振りかざすころが多いように思うが、僕らまでありがたがる必要などないと思う。
でも同時に、そういう小政党を育てたり、あるいは時には厳しく監視をしたりする国民の政治参加がなければ、本当にただの議席になってしまうことも忘れてはならない。そういう質を持たない国民の政治参加度の低さが、一部政治学者を「政権選択」論に追いやった面もあるだろう。いつまで経っても政権交代が起こらなかったことへの焦燥が背景にあった。われわれ一人ひとりにとって、ひとごと、というわけじゃないのだ。もちろんそういった専門家の行動は、憲法の予定する民主主義とは異質の立場であると指摘されても仕方がないが。

近年のネット世論は、問題もあるかもしれないが、結構機敏に国会の具体的な論争内容にも食いついて、問題を前に進めている気がする。人権擁護法の問題とか、児童ポルノ法の問題とか。定住外国人の地方参政権の問題とか、そこまで目くじらを立てなくても、と思う問題についても、果敢な政党突撃インタビューなどをやっている。多様な政党があることの重要性は、結構こういうところで実感することができる。小政党を含めてこういう世論とのやり取りが今後も進んでいけば面白い。政党の側も大いに変わらなければいけないところかもしれない。既存の運動もマンネリになってはいけない。

きっと「乱」の時代が始まる。どんどん自分の思うことをカタチにして人を巻き込んで動いていこう。それは自分の仕事についてもだ。面白い時代にしていこう。

また大勢が判明するころにでも書き込んでみたいと思う。
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