わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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田中正明氏による「改ざん」に関するネット上の議論
田中正明氏は昭和史を考える上で欠くことのできない人物である。だが、田中氏には、自らの正義の主張のためには資料を意図的に改ざんして恥じない傾向があったとする議論が絶えない。実際はどうなのだろうか? 批判と反批判の連鎖をネット上に探ってみることにした。
もちろん僕はこの問題の専門家ではないし、ぐぐるぐらいしか能がない。これを超える真実を明らかにすることなど、端から考えていない。どういう結論になるかもわからない。ただ、ウェブ上で得られる資料の助けを借りて、こういう問題についてどの程度の判断可能なものなのかを考えてみようというだけである。

「改ざん」の疑いについては、松井石根大将の陣中日記に関するものと、パール判事の言葉の紹介などに関するものがあるようだ。ここでは前者に着目することにする。

田中正明「松井岩根大将陣中日記」の改竄についてより引用します。

今更とも思われる、田中正明「松井日記」改竄事件をとりあげるきっかけになったのは、下記のような記事を今年の初めに見つけたからです。[2001年現在]

http://www.jiyuu-shikan.org/goiken/99/goiken9911m.html
に、田中正明「「松井大将日誌」について、こんな記事があります。

田中さんの「松井大将日誌」には誤りが多いと言うことを指摘したのは、板倉由明氏でした。「歴史と人物」(昭和60年冬季号)で、草書体で読みにくい原文の判読に不正確なところがたくさんある、というもので、決していわゆる「改竄」したというものではありませんでした。(※1)


つまり、板倉氏による日誌のあやまりに関する記述は、決して改ざんを主張するものではなく、原文の判読にやむをえない理由によって不正確なところがみられるに過ぎない。という説明です。実際はどうか。板倉氏は、上記のとおり、「歴史と人物 60年冬号」に文章を発表しているようだ。その318ページから319ページにかけて、以下のように書いているという。

目の前に並んだ自衛隊の坂妻駐屯地資料館蔵の「松井日揮原本」(コピーならびにかなりの数の写真版)と、芙蓉社版・田中正明編『松井岩根大将の陣中日誌』第四章収録の「日記」との間には、見過ごすことのできない大きな差異が、それも単純ミスではない明らかに意図的な改竄がいくつも認められたのである。
かねてから、いわゆる「南京虐殺事件」の研究にとりくんでいた私は、今まで気づかずに何度も田中氏編の松井日記を使って評論してきただけに、このショックを忘れることができない。


最後まで目を通した私の結論から言おう。発見された「改竄」は、脱落だけならまだしも「書き加え」まであり、しかもそれらはすべて「南京事件否定」の方向で行われている。これは明らかに編者・田中氏の意図的行為であると断ぜざるを得ない。


これが板倉氏本人の書き下した文章であるとすると(その可能性はかなり高いとは思うが)、研究に影響が出かねないような文章の違いが発見されたこと。それは「見過ごすことのできない大きな差異」であったこと。それは「明らかに意図的な改竄」と評価しうるものであったということになる。
実際それではどのような違いがあったのか? その内容は本当に「意図的な改竄」だといえるようなものなのかどうか?
上記のページには、残念ながらページ筆者の二次的な言及しかない。

板倉氏によれば、意図的なものから、全体に大きな影響のない送り仮名・漢文表記まで含めると、「その異同はおよそ九百ヵ所以上に及んでいる」(P322)としています。
 322頁から331頁にかけて、解釈に影響のある個所が指摘されています。なお、12月23日の「悪質な書き加え」について板倉氏は「支那事変日誌抜萃」の記者会見をもとにしたと推測していますが、これは「支那事変日誌抜萃」で11月30日の記事を12月23日にずらせて削除・加筆し、それを更に書き改めたものであることが現在では判明しています。(洞富雄『南京大虐殺の証明』朝日新聞社、1988年P211)


ここからわかることは、単純ミスを加えると差異が(異同が?)900箇所にのぼること。10ページにわたって南京大虐殺の解釈に影響を与えうる箇所を板倉氏が指摘していることである。しかし、これだけではどういう内容をどのように書き換えられているのか。あるいはそういう書き換えが本当に意図的だと断定できるほどに大量かつ系統的にあったのかどうか。十分には判断できない。
だが少なくとも、板倉氏がその研究者としての存在をかけて「歴史と人物」誌に文章を発表しており、そのなかで原文と田中正明氏の紹介の間に、見過ごすことのできない意図的な書き換えを認めることができること。そしてそのことに大きなショックを受けていることを表明していることは事実である。上記のページ内容から重大な書き換えがあると判断をすることはそれほど不自然なことではないといえるだろう。もしその判断を論駁するとすれば、板倉氏の紹介している書き換え内容が実はしょぼいものであることを示すか(もしそうであればこれは簡単である。なぜなら、単に「歴史と人物」誌の原文を示せばよいだけだから)、あるいは板倉氏が見たものは幻であった(日誌とされて対照して見たものが実はまがい物であった)ことを示すかしかないだろう。
ただ、上記のように、板倉氏の指摘した具体的な「改ざん」の中身については僕はまだ知らない。だから自分の結論は保留させてもらう。とはいえ上記のウェブページは、板倉氏の研究者としての文章の原典に触れていること。ことは、AとBの文章がどの程度違うのかを評価することによって結論に至りうる糸口を示しているという点で、今後の考察の基軸となる重要なページであると判断する。

改ざんは行われていない、という立場からの議論を紹介または展開しているページをいくつか。

ホドロフスキの記録帳「続・田中正明の反論」
では、田中正明氏当人による直接の反論(「世界日報 1985/12/30 8面」)を紹介している。

まず九百ヵ所も原文とズレがあるというがこれを冷静に点検してみると、不鮮(すくなからず)、如此(かくのごとき)、不詳(くわしからず)、併(ならびに)、方(まさに)、不審(つまびらかならず)、仍而(よって)、太(はなはだ)、此(かかる)、遽(にわか)・・・・・・等々数えあげれば際限ないが、これらの漢文調の文字がいっぱい出てくる。これを現代の読者、ことに青年にそのまま示したのでは読みくだすことができないという配慮からかなまじり文に直した。

 また「已む(や)むなし」「已まず」「已む」「已(のみ)」「已(すで)に」の已が全部「巳」に誤植されていること、それから私ではどうしても読みとることのできない不明の個所が多く、実はその一部を判読するのに二時間も三時間もかかり、それでもなお読み切ることができなかった例がいくらもある。それと誤読および校正ミス、明らかに大将の誤記の修正といったものがかなりある。以上述べたような個所がそのほとんどであることをご理解頂きたい。ただこれらのことを断り書きか注書きすべきであったが、一級資料だけにそれをしなかったことは誤りであり、責められてもやむを得ないと思う。

 だが、はっきり申しあげたいことは、私は松井大将日記をあれこれ改ざんして「南京虐殺ひたすら隠し」をしようなどという気もちで作為的に手を加えたり省略したりした覚えはまったくないということである。だいいち重大な改ざんだと称する個所を全部寄せ集めても、虐殺事件はどこにも出てこない。つまり虐殺と日誌とは全く無関係だということである。


900箇所という誤りの数を強調する論者に対しては、非常に重要な反論である。すくなくとも、「板倉氏はなんと900箇所もの意図的な改竄を指摘した」といった問題の紹介の仕方はアンフェアであるとはいえる。しかし、板倉氏の議論とは真っ向から対立した見解であることは明瞭である。

ホドロフスキの記録帳「松井日記改ざん報道記事」には、この問題を報道した「朝日」の記事が前文示されている。改ざんとされるものの具体的な内容がいくつか紹介されているので、ここに引用しておく。

南京市内の敗残兵の数が「数万」と原文にあるのに「数千」にしたり、原文にない外人記者団との会見を書き加え、編集注として「南京虐殺に関する質問を受けた様子が全く見られない・・・・・・」とコメントまでつけるなど、南京事件を否定するように書き換えられている。



「其云(その言う)所、言動例に依り面白からず。殊に奪掠(ママ)等の事に関し甚た(はなはだ)平気の言あるは遺憾とする所、由(よっ)て厳に命じて・・・・・・」と原文にあるのを「其云う所、言動面白からず、由て厳に命じて」と変え、師団長すら掠奪などを当然視したことを隠している。



芙蓉書房版の十二月二十三日には「此(この)日南京占領後の我方の態度方針を説明する為め外人記者団と会見す。最初南京占領と其(その)国際的影響を知るため紐育(ニューヨーク)タイムズのアベンド、倫敦(ロンドン)タイムズのブレーザーを招致し、然る後在上海の各国通信員と会見す。質問は主として、首都陥落後の日本の方針及(および)パネー号に対する善後処置なり」とあるが、これは原文には全くなく、編者の田中氏が書いたもの。これに続けて田中氏は「南京占領から十日をへた外人記者団との会見において松井大将が『南京虐殺』に関する質問を受けたという様子が全く見られない点、注目すべきである」という編者注を付けている。自分で書き加えた文に自分で注釈を付けたことになる。



という例が挙げられている。最後の例は決定的なようにも見えるが、これについてはその同じ記事で田中正明氏の以下のような弁明が記されている。

加筆したのは、東京裁判へ向けて松井大将が日記とは別なメモをつけており、この日付で日誌を追加した。そのむね注をつければよかったが気づかなかった。



別のメモがこの日のものとしてそのページに挟まっていた。これをそのまま挿入してしまった。ということである。そういう可能性がないとはいえないだろう。というわけで、これだけではまだ決定的とはいえない。

だが、ホドロフスキの記録帳の同記事はもうひとつの事実を、同じ朝日による記事から紹介している。戦後松井石根大将の書いた「支那事変日誌抜粋」にも、「改ざん」が見られる、として、以下のような事例を指摘している。

「尚十一月三十日再ビ右両通信員ト会見シ上海占領後ニ於ケル我軍ノ態度方針ヲ説明シ上海附近ニ於ケル列国ノ権益ヲ保護スル為予ノ執リタル苦心ノ程ヲ開陳セルニ彼等ハ我軍ノ公平ナル態度ニ感謝ノ意ヲ表セリ

 右ノ外十一月十日在上海AP、UP、・・・・・・・」

 このなかで「両通信員」とは『ロンドン・タイムス』と『ニューヨーク・タイムズ』の両記者をさす。右の原文が、田中氏によって次のように変えられた(ゴシックは改ざんまたは加筆されたところ)。*2

 「尚十二月二十三日、再び右両通信員を招致して南京陥落が各国政府に与えたる影響につき意見を徴するとともに、南京占領後に於ける我軍の態度方針を説明し、南京附近に於ける列国の権益を保護する為め、予の執りたる苦心の程を開陳し、パネー号事件の経緯と陳謝の意を表明す。彼等は我軍の公正なる態度につきむしろ感謝の意を表せり。

 右の外、一月十日。在上海AP、UP、・・・・・・」


こうすることで、南京に外国の記者を招いたところ、その記者が公正な態度を確認したという記述に変わり、「このことをもって田中氏は、虐殺はなかったことの証左の一例とする」(註:この括弧内の一文は、「朝日」の記述であり、事実無根なのかもしれないが、上記の書き換えの意味するところを判りやすく示しているので引用をした)のだとしている。

田中氏の説明を前提に考えると、以下のような珍妙なことになる。

まず、「陣中日記」では、日記のその日のページに12月23日の南京における外国人記者との会見を記したメモ書きがたまたま挟まれており、それをそのまま書き加え、メモは紛失してしまったこと。一方で、「日誌抜粋」では、11月30日の上海における外国人記者との会見を記した記述があり、なぜか「陣中日記」のメモ書きの記述に忠実な内容にそのまま書き換えた。

記述がまるごと原典にない「日誌抜粋」からの「引用」事例もある。

「終戦後暫(しばら)くして、南京に於て一般人、俘虜(ふりょ)、婦女子等に対し、組織的な大規模の虐殺、暴行事件がありたるやに米国内で放送しありとの情報を聞き、予は驚き、旧部下をして調査せしめたるも、左様な噂(うわさ)は全く虚妄にして、予の在任中は固より、帰還終戦に至る迄(まで)、斯(か)くの如(ごと)き報告及び情報に接せず、上海に於る列国新聞通信員との屡次(るじ)に亘(わた)る会見に於ても之(これ)を耳にせず、全く誣妄(ふぼう)なることを附言す。」



これに対する田中氏の反論は以下のとおり。

私のところにあったはずの原文は、どこかへしまいこんで分からなくなった。外務省の外交史料館にあったという原文のことは全く知らなかった。私は意図的な改ざんなどしていないつもりだが、大病で入院を繰り返していたことだから、疎漏があったことは認めざるを得ない。



十分な反論とはいえない。とはいえ、記事が出された直後の反論なので、より全面的な、しっかり準備した反論もあるだろうし、ほかの研究者などによる正当な指摘もあるだろう。それについてある程度の知識を得ないと、まだなんともいえない部分も多い。

しかし、原文と田中氏の紹介との間には、少なくとも数例の大きな差異が見られることは認めうることである。だが、ここではまだ結論には至ることができない。一つは、田中氏らによるより全面的な反論の内容に触れていないこと。二つ目は、上記のような差異が、全体からすると些細な部分である可能性は否定できないことである。

これらの問題点を乗り越えるためには、田中氏らによる反批判をもう少し調べる必要があり、板倉氏の指摘した差異が、全体から判断してやはり大きいと判断できるかどうか確認する必要がある。

・・・・

と、もう寝ようかと思ったら、問題の板倉氏の文章が見つかった。やはり
ホドロフスキの記録帳「松井石根大将『陣中日記』改竄の怪」
にある。

しっかり読んで・・・といきたいところだが、もう夜も遅い。明日の仕事に差し支えてしまうので、今日はここまでにしておきたい。

・・・

ところで、多く引用させてもらったホドロフスキの記録帳の立場は「田中氏は改ざんをしている」という立場の論者です。また、この記事では同様の立場からの「朝日」の記事を多く引用しました。このことについて、不公正と感じる人がいるかもしれませんので一言述べておきます。僕はあくまでもその原典を確認することが可能な資料を提示する目的でのみ上記の情報ソースを利用しています。ホドロフスキの記録帳、あるいは「朝日」記事、板倉氏による文章などのなかから、何らかの事実を事実としてそのまま紹介しているもののみをここに紹介しているわけです。それらの情報ソースがそもそもそれこそ改ざんをしているという可能性がないとは言いませんが、僕はその可能性をこの際切り捨ててよいと判断しています。この判断を疑い、否定する方もいることでしょう。そのような場合は、事実に迫るために、ご自分でお調べになっていただきたいと思います。
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