わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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南アジアから見る日本
南アジアの国ぐにによく出張しています。向こうの人の目に映る日本について、しばしば僕たちは聞かされることになります。経済大国。トヨタ・車の国日本。Nokiaも時々日本の会社だと思われているようです。でもそれだけでなく、やはり先の大戦における日本の位置に関する視点からしばしば彼らは語ります。その語られ方からは、「左右」どちらの側の見解にもみられるねじれを照射しているように感じられ、ある意味で新鮮です。ここでもキーワードはやはり「民族」であるように思います。
今回もあまりきっちりとした検討をする時間はないので、とりあえず思うままに綴っておきます。何か書かないと3月の記事がゼロになってしまうし、ブログのトップが広告で占められてしまうことにもなりますので。今後考えが変わるところもあるかもしれません。


「サヨ的」視点の盲点

日本において「左的」とされているひとびとは、アジアの人民を塗炭の苦しみに陥れた日本という視点から語ることが多いように思います。しかし、南アジアでは様子が異なります。日本軍による直接的な軍事的支配を受けたことがないということもあるでしょうか。イギリスによる過酷な植民地支配に対する解放戦争を闘った祖先を持つひとびとの多くは、日本に対する同情を語ります。これは一般庶民、知識人ともに見られる現象です。日本を当時のアジアの希望の一つと捉えているのです。
当時のアジアの被支配の現実を見据えてことを捉えるなら、こういう日本像は必然だとも言えるでしょう。例えば戦争一般の機械的否定の絶対平和主義からは、こういった南アジア人民の闘いの意義は決して捉えられません。僕は少なくとも、アジア、そして日本にも事実存在していた、アジア諸民族の勃興と自立への渇望を内面化した立場で、問題を考えたいものだと考えています。
また、「サヨ的」なひとびとはしばしば、アジアに対する日本企業による経済侵略について語るのを好むようです。しかし、南アジアで出会った多くのひとびとは、例えばトヨタの存在について、決して怨嗟の対象とは捉えていません。レンタカーとともに雇い挙げることの多いドライバーたちの多くは、日本車の質が高いこと、使えることを肌で知っており(不具合が生じたらすぐメーカーに頼るだけの我々にはとても触れられない深みにおいて)、日本車をアジア人の一つの成功した部分による達成として、希望とともに、また学ぶべき対象として捉えているというのが僕の実感です。
もちろん「左」にもいろいろあり、例えばしばしば「右的」人々によって反日の諸悪の根源であるかのように触れられている本多勝一氏などのように、民族的実体をきっちりとつかんだ議論をすることができる人々もいるわけです。ですから、「サヨ的」というのは「左」とは多くの場合一致しないことについては、ここでことわっておいた方がよいでしょう。

「ウヨ的」視点の盲点

右にもいろいろあり、ここでも一つの典型をもって議論をするしかありません。ここでは、イラク人質事件の時に人質たちによる「自作自演」を喧伝した、一部ネット上の一つの潮流を、ネット「ウヨ的」なものとしてむりやり(汗)定義し、以下議論をしたいと思います。これも当然、「ウヨ的」なるものは、「右」の代表でも何でもないことは断っておいた方がいいでしょう。
さて、南アジアで日本の話題が出るたびに必ず出るのは、ヒロシマ・ナガサキの名前です。日本の20世紀史の後半についてはしばしば、アメリカの残虐なる原爆によって破壊し尽くされたにもかかわらず驚異的な努力によって復興し、それのみならず経済大国として世界に冠たる地位を占めるに至った日本に対する強い尊敬の念を語ります。
イラク人質事件の時に「ウヨ的」な論調は、犯人の犯行声明に「ヒロシマ・ナガサキ」に関する言及が含まれていたことを以て、人質による「自作自演」であることの強い証拠の一つとして述べたてました。この指摘を含む根拠の薄い数十の「推測」リストが無批判なブロガーやネット住民による「コピペ」によって拡げられ、日本の世論を覆い尽くすに至ったことは、僕にとって非常に気味の悪い経験でした。アジアの人々の、アメリカが代表する「先進国」による植民地支配に対する怒りの象徴的な対象として、ヒロシマ・ナガサキの原爆は語られています。日本人はその暴虐を不屈にはねのけて今日の繁栄を築いたものと考えられています。ところがこともあろうに、その当の日本人どもは、ヒロシマ・ナガサキという暴虐の歴史的意義を忘却し、それを日本人「サヨ」による情報操作要素としてのみ認識し、人質に取った側の論理に刻まれたアジア性の欠片をも受け止めることができなかったのです。
語り合った南アジアのひとびとはときに、日本がイラク戦争を世界に先駆けて支持したことについて、唐突の感をもって受け止めているようです。しかし、南アジアのみなさん、上に記したような日本人の現在の心性において、アメリカの侵略戦争を従容として受けいれる結果となったことは、実は必然であったと、申し上げておきたいと思います。

僕にとって、アジア人民の理想を語った岡倉天心の名は、とある大学の宿舎で出会ったベンガルの老いた誇り高い一学者の言葉と常に結びついています。僕は南アジアに生きる彼によって、岡倉天心の存在の大きさを再認識させられたのでした。岡倉天心の描いた理想は、20世紀から続くアジアの勃興と西洋による支配からの脱却の流れに属するものとして、現在の時代の元で再び日本人の中に取り戻されるべきだと思えてなりません。
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