わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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憲法9条とマハトマ・ガンジー
「日本の・これから」に関するエントリーにトラックバックをいただいた。「翻訳blog」さんから。その主旨は、「ガンジーは非抵抗主義ではなかった。しかるに憲法擁護派は、ガンジーを否抵抗主義の文脈のもとに引用し、自らの主張の用語に用いるという錯誤を犯している」というものです。僕もまったく同感です。先日のNHKの番組においてよしりんはガンジーを引用しながら護憲派に鋭い問題提起をしました。番組に対する反応を見る限り、多くの護憲派の方は残念ながら、これに対して戸惑うばかりで、正面から答えることができないという状況にあるようですね。
「翻訳blog」さんの明確な主張はもう一つあります。それは、「憲法9条とガンジーの思想はまったく異なる」ということです。「翻訳blog」さんをしてこう言わせしめるような憲法9条解釈を、残念ながら多くの護憲派がしていることは認めざるを得ません。しかし、僕は原理的かつ現実的護憲派ですが、「翻訳blog」さんによるガンジーの解釈は、僕の憲法9条の解釈と非常に大きな共通点を持っています。憲法9条は、ガンジーと共通点を持っていますし、このことを直視しない限り、憲法9条を守り通すことはできないと、僕は思っています。
もっと直接的に「翻訳blog」さんにこたえるメッセージは改めて書きますが、とりあえず言いたいことをまずは書いておきます。

憲法9条は無抵抗主義だろうか

憲法9条は、多くの護憲派は「無抵抗主義」だととらえているかもしれません。でも、僕は護憲派ですが、侵略してくる者に対して、無抵抗であるいは、それから逃避して日本を放棄することによって、対処しようとは思いません。軍隊によらない方法での抵抗を自らに課す。このことを憲法9条は我々に要求していると必要があると考えています。
NHKの番組では、侵略に対しては逃避する。というのが出席した護憲派の大方の反応だったそうです。だとすれば、僕は彼らとは意見を異にしています。おおかたの護憲派は極めて残念ながら、例えば侵略者に対して様々な手段で対抗しようとした第二次世界大戦中のヨーロッパのレジスタンスや、戦後のチリの人民戦線支持者やベトナム戦争における民族的戦い、あるいは現在進行形のイラクやアフガニスタンのレジスタンスの戦いの意義を理解しないということになります。憲法9条の本来の意味は、こうしたレジスタンスの価値を理解しないものには、本当は理解できないのではないかとすら思います。
ある種の護憲派の基盤は、個人の自由や生命の価値を至上のものと理解する原理主義にあるようです。わかりやすい問題設定だけに解答も簡単に導くことができます。しかし僕はこれは正しくないと思います。先に例示した様々な人民の闘いは、生命を賭する価値があることがこの世にはあることを示していると僕は思っています。生命至上主義からは、こういう闘いに対するシニシズムしか生まれません。この文脈において、ぼくはよしりんの問題提起は正しいと思っています。
ガンジーの無抵抗戦略はあくまでも闘いの手段です。憲法9条も本来、戦争という非合理に対する闘いの手段です。自国・他国に拘わらず不当な戦争とは闘い抜く覚悟がなければ、憲法9条を支えることはできません。

憲法9条は「本当は怖いおとぎ話」である

では憲法9条は生命至上主義かどうか。国民の安全を守る切り札なのかどうか。僕はそうではないと思います。憲法9条は「危険な契機」をその中に含んでいます。
憲法の理論的解釈としておそらく現時点における最高峰にある一人だと僕が考えている憲法学者の長谷部恭男氏は、正しく問題を理解しています。憲法9条は、特殊な安全保障戦略を日本国民に強います。立憲主義の発展史は、憲法をこうした特異な価値体系から自由なものとしていく方向に向かっていると解釈をしている長谷部氏の立場からは、憲法9条の原理主義的解釈は誤りだということになります。そこから長谷部氏は憲法9条を「原理」ではなく「準則」として理解すべきだと主張します。すなわち、実現されないからと言って変えるべきだとはいえない種類の条文だと解釈するのです。この立論は、憲法が文字通り実現されていないことが憲法に対するシニシズムを育て、立憲主義を崩壊させるという一部の懸念に対する回答として有効かもしれないと僕は考えています。が、ぼくは、立憲主義が価値相対主義の装置としてのみ発展してきた、またはそうすべきだという解釈には同意できません。
僕が長谷部氏の議論のうち強く同意できる点は、憲法9条はどうみても特殊だ、という点です。憲法9条は明らかに「危険な」契機を含んでいます。この国際社会において憲法9条の価値を選択するということは、誤解を恐れずに言えば、危険な選択です。
卑怯と比較したときに、装置に依存しない暴力によって対抗することを覚悟する「勇気」を持つことを国民が選択して初めて、9条は本当に機能します。9条は原理的には、翻訳blogさんの紹介する、ガンジーの以下のような思想と共鳴します。

もし卑怯と暴力のいずれかを選ばなければならないとすれば、私は暴力を勧める。……インドは、もし必要ならば自らの名誉を守るために敢然と武器を取るべきであって、卑怯未練にも不名誉を甘受してはならない。
非暴力は暴力にはるかに勝り、寛恕は制裁よりも男らしいと私は信ずる。寛恕は戦士の特性である。……しかし非暴力が寛恕であるのは、制裁の力があるときだけである。無力な者が許す振りをして見せても無意味である。



9条は平和を確実にもたらさないのになぜ大切にするのか

憲法9条は未知へ踏み込むことです。ですから、不確定要素が非常に多いです。だから、「確実に安寧をもたらす政策」などというものにはなりえません。とはいえ、一方で試されずみの軍備を怠りないようにするという政策だって決して安寧をもたらす政策ではありません。むしろ、不可避的な軍拡競争を生む政策です。ここから抜け出す道を模索する国々が生まれることが、今の国際社会には強く求められています。日本がそういう国になることの意味は大きいと僕は思います。
不確実性をはらむけれど、新たな可能性を広げる政策をとるか、それとも読みはある程度確実だけれども、何ら新しい可能性を見いだせない政策をとるかの選択です。たとえばイラク人にもそれが問われていますね。米軍が居続ける未来に比べて、撤退する未来の不透明度はかなり高いです。でも、米軍が居続ける未来のビジョンも相当暗いものです。日本人にもそれが問われています。実はイラクと全く同じ話だということが理解できるでしょう。
例えば、今の出口の見えないイラク情勢に対して、日本のような国ができることは本当にないのだろうか? 僕はそんなことはないと思います。イラク人の願いに心を寄せることだと思います。イラクに民主主義や近代の生活を与えてやるといった発想では駄目です。イラク人のふつうの人々の願いに愚直にむきあうことです。イラク人のマジョリティーは決して宗派間の暴力的対立を望んでいない。また、外国のわけのわからないテロ勢力に席巻されるような国になることも望んでいない。諸対立を言論の枠内で解決させるために力をつくすこと。国外勢力の影響力をできるだけ排除すること。これをイラク人の世論の力で行うこと。これが保障される条件を整えることに心を砕くこと。米国をはじめとする外国の国家的・非国家的暴力装置の一切の撤退を求め続けること。暴力をそれでも振るおうとする勢力とは、国内外を問わず言論の力で、国際監視の力で闘うこと。こういう枠組みを何重にも可能な限り整えていくこと。これは不可能ではないと思う。中国・インドや新興南米諸国などとも積極的に手を携えることもできるでしょう。イラクが混乱を続けることで恩恵を受けることができるような国はごく少数しかありません。みんな力を合わせてできないはずがありません。日本が軍隊を持たず、言論の力を信じることを国是とする(はずの)国だからこそできる貢献をする道を、今からでも遅くはないから構築してみたいと思う。

9条の原理主義と現在の改憲論

ただ、現在の日本社会の位相においては、9条の原理主義の採択の是非は実は争点として重要ではありません。本当はここに、もっとみんな注意するべきです。
いま重要なことは、憲法9条の改悪のほんとうの狙いは自衛隊の米軍化にあるということです。憲法9条は本来的に危険な契機を含んでいるために、9条の価値を原理的に選択するかどうかを基準に議論をするのは得策ではありません。たとえばよしりんのような人々を敵に回す結果になります。
危険なのは、ある種の護憲派は、憲法9条を俗流のおとぎ話のレベルで美しい話だと思い込んでおり、それに同意できないのは明らかに愚かな考えだという理解のレベルにとどまっていることです。
よしりんのガンジーを引き合いに出しての問題提起は、こういう危険を自覚してもらう勘所を押さえたものであって、ものすごく本質をついたものだと改めて思います。
ガンジーの思想の本質は決して無抵抗主義ではないこと。そしてだからこそ憲法9条とは響きあうものであること。これをわきまえた護憲論議がきっちり育つかどうか。ここに長期的には憲法9条の将来がかかっていると思います。
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