わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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核武装論議と「タブー」と言論の自由
政府の要人から北朝鮮の核武装に対抗して日本の核武装を議論する動きがある。これは、北朝鮮が核武装をすることを非難する足場を失うことでもある。まったく不適切な言動だと思う。いまテレビで石破氏が言っていたような、「日本が持つなら、世界中が持つようになる。そんな世界がいいのか」「持つなら日本はNPTから脱退しなければならない。核燃料も入ってこなくなる」といった当然の指摘にもまともにこたえらない核武装論だからだ。
これに対して、「核武装論議をタブーにするな」「核武装論議をすることは言論の自由だ」という「反論」がある。これもまったく成り立たない。これは言論の自由の問題ではない。

外務大臣や、政府与党の政策責任者といった公人の発言は、言論一般とは異なる。公人は何を言っても何をやってもいいわけではないのである。それは日本という国家からのメッセージと受け止められるからである。
ただの評論家や一国会議員がこれを述べても、それは私見である限りまったく自由だし、事実何の規制もありはしない。もちろん、強く反論されることはあるだろうし、それを甘んじて受け入れる覚悟が必要であるのは当然だが。
核武装論議に対する批判を受けると「タブー視するな」「言論弾圧だ」とこたえる本当の目的は何かというと、「反論をする自由を認めない」という言論封殺なのである。すなわち、反論者を言論の自由の抑圧者であるかのように描くことによって、口を封じることが、この議論の本質である。
核武装論はまったくタブーになんかなっていない。いくらでも巷に溢れている。反論も含めて世間ではいくらでも議論をたたかわせれば良かろう。わにぞうの意見は例えば、「『リアル』な安全保障観」というエントリーなどに表明してある。
もちろん政府の要人の言動に対する風当たりが強くなるのは当然である。批判はその言動の持つ政治的な意味に対してなされる。これに対して言論の自由を持ち出して非難をするのは卑怯である。
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