わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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「リアル」な安全保障観
日本の核武装の必要性を説く言説がひろがっている。そのうちのひとつ「諸君」06年5月号「『核の選択』を真剣に考える時が来た」(伊藤貫・兵藤二十八・平松茂雄)を読んでみた。
この議論はまず第一に、核保有国中国(および北朝鮮)の存在を前提としている。これら周辺核保有国による核恫喝を防ぐためには核抑止力を持つ必要があるが、アメリカの核の傘では不十分なのである。それは、先日のエントリーでも伊藤貫氏の議論を紹介したように、日本への核攻撃に対してアメリカが自国の市民を核攻撃の脅威に晒しながら中国を核攻撃することはあり得ないからである。
というわけで、日本は核兵器を持たなければならないことが論証された。ことになっているのだが、これは「リアリスト=パラダイム」に乗っかっているから。
彼らの目には中国はものすごい悪の大帝国に見えるのである。一見勇ましげに見えるけれど、彼らは国際社会の仕組みに何の意味も見いだそうとしないから、恐怖の大帝国を前に怯えるばかり。核武装をして一国平和主義に閉じこもることになったというのが結局のところ本質か。

彼らの世界観における中国という存在と日中間の国際関係は以下のようなものである。
平松 危険なのは中国が、国力を増大すると周辺国家への侵略を始めてしまう国だという点です。そもそも中国は「国境」という概念に乏しく、影響下にあった「辺疆」・・・が、清朝の国力が衰えたために一時的に自らの支配を離れたという認識をいまだに強く持っている。近代的な国際社会の常識とはおよそかけ離れています。

兵藤 たとえば、軍服は着ていないが武器を持っている、難民でもあるようなよくわからない船団が、台風避難などを口実に押し寄せて、百六十一ある沖縄県の島のうち、ロクに警察官もいない百数十箇所を占拠したらどうしますか。彼らは「琉球は清代に朝貢していた地域だ」という、現代国際法では通用しない領有理由をしゃあしゃあと持ち出します。・・・そういう「裏技」こそが反近代国家の常套手段でしょう。

伊藤 もっとも、今の日本のように自前の核兵器もなく、アメリカの「核の傘」を信じるほかない状態の国であれば、中国は実際に核兵器を撃ち込む必要もない。たとえば東京湾の沖合い二十キロあたりにICBMを撃ち込んで、中国政府の鉄の意志をまざまざと日本人に見せつけるだけでいい。当然、アメリカは中国に対して核報復しない。・・・その瞬間、日米安保体制は崩壊し、日本は中国の軍門に下る。

本当にこんなひどい国だという確信があるのだったら、その証拠を示して国際社会に中国を告発したらよかろうと思うが。

さて、まぁ本当に現代がそんな中国がそのまんま跋扈しても顧みられない世の中だったら、核兵器と巨大な軍事力を持つしかない。別に何もむずかしいことはない。別に長い本も論文も要らない。軍縮など顧みる必要はない。平和憲法は有害でしかない。だが、こういう世界であることを前提にして核武装論を嬉々として論じる彼らの言説から、軍事力がすべてを決めるのではない世の中をつくるために費やされてきた二〇世紀の人類の歴史(彼らの目から見るとこれは壮大な無駄にしか映らないはずだ)に対する何の哀切の念もないのはどういうことなのか? こういう国際社会の努力に何の意義も認めていないのか。

二〇世紀に二度の世界大戦の犠牲を払い、戦争違法化と国際法の枠組みを積み上げて来た国際社会。核武装論者らの脳内の中国の姿はまさにこれを打ち壊す存在である。というのに、軍事力に依拠するしかない国際社会にしないための現存する仕組みを何ら顧みようとしないのは何故なのか。国際社会のルールに依拠する立場に何故立たないのか。

中国は確かに安保理常任理事国である。だから何を言っても無駄だというのだろうか。しかし我々は中国よりももっと明確に国際社会のルールを踏みにじった米国による行為を同時代人として目撃した。中国に対するのと同様に、その行動の抑止を国際社会はあきらめ、米国に攻め込まれないための軍事力を構築するべきなのか?

中国、あるいは米国に対する軍事力での対峙を唯一の解とする議論の本質は、巨大な軍事力を持つことのできる国だけが生き残れる国際社会を容認する議論に他ならない。日本はその他の中国周辺諸国と違って、核兵器と巨大な軍事力を持って生き残れるという算段である。まさに一国平和主義の最たるものではないか。

この「強国」の一国平和主義と、中国周辺他国の必然的没落の21世紀像こそ、軍事力を唯一の安全保障とする社会観の帰結である。よくこういう世界観を嬉々として語れるものだ。

現実には日本への原爆投下を最後にしてここまで核戦争を起こさずに来た理由を彼らは説明できない。
兵藤 日本がなぜ核武装しなくてはならないかを非常に簡潔に説明するならば、他国からの核攻撃を抑止するものは、自前の核武装以外にないからです。
・・・じじつ、核兵器が開発されて以降、核武装している国が、他国からの核攻撃の対象となった例はひとつもありません。

って、第二次大戦終了後についていえば、数限りない国際紛争があったにもかかわらず、核武装していない国が、他国からの核攻撃の対象となった例もひとつもないんですけど。頭は一九四五年でストップ、ということなのだろうか?

非核保有国が核攻撃の対象となることを防いできたものは、「コンストラクティビスト」らが主張しているように、
核が次第に「悪魔の兵器」として、使用することが人道的に難しくなり、そうした兵器の使用が、国家の評価、評判、道徳的な価値、文明国家としての認知など、長い意味で国家のイメージを著しく損なうため、国家が使うことをためらう、もしくは使うことを諦めざるをえない状況になっているから
である。

「リアリスト=パラダイム」による核武装論なんてこんなものだ。パワーポリティクスだけを「リアル」な存在と見なしている限り、二〇世紀の国際社会が格闘して確立してきた知恵や教訓など何一つ見ることは出来ない。そこには分かり切った結論。万人を敵にした軍拡競争への必然が見えるだけだ。自分は国際社会の知恵に依拠をする立場に未来を見いだそうと思う。
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