わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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テロと国際政治の公理と
インドでのテロにつづき、ヨルダンでのテロが起こった。パリでは若者による暴動がひろがっている。こういう場合には「いかなる理由があれ、テロ・暴力は許されない」という議論がなされる。多くの場合その結論には僕も同意であるし、政治的に最も安全な発言であることは間違いないであろう。だが、あえて言えば、暴力もテロも本来、その背景と現実社会におけるその役割とを個々に分析せずに、原理的に否定することはできない。その意味で、原理的なテロ・暴力否定論に納得できない人も多いのではないだろうか。

インドのテロにはかなり心を痛めた。インドなど南アジアの国に行く機会も多いからでもある。ヒンドゥー教徒・イスラム教徒をはじめとする人々が、いろいろぶつかったりもしながらそれなりに共存しているこれらの国々も、特に近年、戦争やらテロやらによって得る政治的得点は、経済的発展や共同の広がりによって得る得点に比較していかに小さいかに気づき始めたようだ。インド・パキスタン間の、あるいはインド・中国間の関係はその軍事的な緊張を弱める方向に動き始めている。今回のテロはこの萌しにどういう影響を与えるのか、という心配が心をよぎったのでった。だが、どうも杞憂だったようだ。パキスタン側からもきっぱりとしたテロの非難が表明された。
なにかというと中国や北朝鮮の軍事的脅威を強調する日本と比較しても、軍事的な問題の「解決」が割に合わない時代への動きは、いっそう明確にひろがり始めているのではないかと思う。

パリの暴動はどうだろう。海外から流入した移民に対する政策がこの問題の背景にはある。異民族との同化がこの問題の本質なのだから、当然一定の困難があることは予想される。移民に対する政策の再検討が必要かもしれない。が、いずれにせよ外国人に過ぎない自分には、責任を持った提案など何もできないし、見守るだけである。ただ、なぜこのような言葉を伴わない形での矛盾の噴出に終わっているのか。政治の衰退は気になるばかりである。政治への不満は爆発寸前なほどあるのに、結局小泉「八つ当たり型改革」に噴出するしかなかった日本と、どこか共通するものを感じられる。

ヨルダンはどうか。ザルカウィがやっているのかどうかはよく分からない。どうも都合良く持ち出される記号のようにも感じられてならないが、それはさておき。テロはイラクの問題にどういう影響を与えるだろうか? テロリストが敵視しているのはイラクに派兵している外国人一般。それからキリスト教徒一般。そういった人々を恐れおののかせて、当面その国の国民の安寧を守るために、心ならずも、イラクからの撤退を選択させるようにしようという行為である。
これに対して日本の主権者はどう対応すべきなのか。政治に大切なのは結果だけであり、そこに文脈や正義は必要がないという立場に立てば、こういう手合いも利用して、結果としてイラクから撤兵させればよいという考え方が妥当だと思われるかもしれない。例えば、日本国民をも敵視したテロリストらを英雄とし、彼らの圧力に日本国民を屈せしめることによって撤退を実現ようとする立場もその一つの典型である。
自分はそういう立場には立たない。理由を二つ述べておく。
第1に、我々日本人がもっとも大切にするべきことはやはりまず、日本人の意識の変化なのだ。イラクのことについても、結局日本の政治の文脈でしか究極的には理解できないし、それ以外にイラク人との本当の友情も持ちようがない。テロリストへの同情を重視する人々には、イラクのことをまず第一に考え、それに対する日本人の犯罪性を主張する傾向があるように思う。そこで指向される日本人の政治的認識の変化はせいぜい「第3世界の人々への共闘を」程度のことである。これでは日本人には本質的には響かないし、日本人の認識の発展にもつながらない。そうではなく、国際政治の中で日本はどういう役割を果たすべきなのか、という点での国民的な意識の変化を作ることこそ、イラク問題について日本の主権者が最も大切にするべきことだと思う。
テロリストはあくまでもテロリストの意志で行動しているだけだ。イラク人を代表してすらいない。彼らの行動と日本の政策をリンクさせることは、一方では世界政治における一圧力団体の横暴を許すことでしかない。そのうえ、日本人による主体的な選択はそこには何一つない、空疎な決定をもたらすだけである。
そして第2に、政治というものはきわめて複雑怪奇なシステムであるということを軽視してはいけない。すなわち、国内政治、国際政治におけるさまざまな政治的な行為は、必ずしもその意図した結果を生むとは限らないということだ。そこで考え方は二つに分かれる。結果の予測がつかないのであれば、もはや無基準に、あるいは目先の実利主義に基づいて、行動することで仕方がないとする立場。もう一方で、結果はともかく何らかの理念に基づき行動する立場。より具体的には、国際政治の公理をみとめ、それを正義とすること。また、平和主義という日本の特殊な主張を大切にするということだ。
複雑怪奇さは、どちらの立場にも平等に作用する。おそらくは、実利主義に基づいて時々の社会工学的な最適解を求めようとする立場に比較して、国際政治における教訓をふまえた、おおきな方向性を基準にした行動を貫く立場の方が、長い目で見たときに明確な成果を生み出すのではないかと自分には思われる。
日本の主権者であるのだから、日本の文脈と公理を確立すること。それに基づいた決定をすることを常にもとめていくことが大切だ。であればこそ、テロリストに屈することはできない。緊急避難が必要な場合はあるのかもしれないが、それは敗北だと知るべきだ。
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美名のもとで

テレビしか観ていない人の忘れているもの、それはイラクで続けられている「テロとの戦 そぞろ日記【2005/11/12 01:02】

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  • 理系研究者です
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