わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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民族主義と国家主義とはきっちり区別しよう
国家主義的な教育を行う目的について、かの有名な西村眞悟氏は

お国のために命を投げ出しても構わない日本人を生み出す。お国のために命をささげた人があって今ここに祖国があるということを子どもたちに教える。これに尽きる。
お国のために命を投げ出すことを厭わない機構、つまり国民の軍隊が明確に意識されなければならない、その中で国民教育が復活していく

と述べている。
この発言自体は有名なフレーズだが、高橋哲哉氏は「教育と国家」のなかでこの文面を紹介し、愛国心教育が目指すものを象徴する、いわば説明の必要のない危険な認識として批判されている。

僕の結論も同じである。もちろん以前より表明しているとおり、民族の利益などといった、個人を超えたものに対する献身一般を否定する立場に僕は立っていない。この意味で高橋氏と僕は違う立場に立っている。ではなぜ西村氏の発言を僕は否定するのか。
それは佐藤優氏が自覚的に述べているのとある意味で対照的に、西村氏は無自覚にこの問題で国家の罠にかかっているからである。西村氏は民族の利益よりも、あるいは人類の利益よりも、国家の利益を至上のものとしてとらえ、どのような国家であれ、その国家のために命をささげることを当然視し、それ故に軍隊を自動的に国民の軍隊として至上のものとすることを当然視している。そしてそういう国家至上、軍隊至上の観念を前提として、教育を成り立たせていくという。
これは、時の国家に対して批判的な考え方を持つこと自体を直接反民族的なものとして否定する立場である。しかし、民族の主権を守るために、あるいは民族の利益や構成員の生命を守るために、国家や軍隊を批判するべき時だってあるのだ。西村氏の議論においてこの可能性は端から問題とされていない。民族の将来を本気で考える国民を育てることと、国家への絶対の忠誠を誓う思考停止の国民を育てることとは、断じて異なる。
民族と国家・軍隊を同一視してそこへの忠誠を当然視する議論をしているから、僕は批判するのだ。そういう意味で、この本における高橋哲哉氏の結論については、今のところほぼ全面的に同意できる。
この本については、全部読んでから改めてまた紹介したい。
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