わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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靖国問題:小泉首相・日本政府の説明責任
百歩譲って、靖国参拝は首相の私的な参拝であったとしよう。だとしても、日本政府・首相の海外に対する説明責任はまったく免れない。首脳会談すらできな事態の解決に全力を挙げるべきだ。小泉首相は、「真意はいつかは中国・韓国にも分かってもらえるはずだ」とだけ述べて、その真意の内容自体については曖昧なままで放置し、説明しようとしない。
真意として首相が説明しているのは、
・二度と戦争を起こさない、世界平和を念願してのこと。
・先の大戦でなくなった方への哀悼の意からの参拝である。
という点。それからかつて国会答弁で、
・靖国神社と首相の認識は違う。
と述べていた。これで充分なのだろうか?

二度と戦争を起こさない、世界平和を念願して

世界平和を念願するということ自体はきわめて無内容なものである。世界平和を旗印に行われた戦争が如何に多いことか。

心ならずも先の大戦でなくなった方への哀悼の意から

これだけでは如何にでも解釈可能だ。A級戦犯にはどういう哀悼の仕方をしているのか。裁判そのものを否定しているのか(国会で首相はそうは言わなかった)、あるいは巨大な罪といえども死者の罪は問わないという「日本固有の」文化にしたがったのか。彼らが闘った戦争を正義の戦争だったと捉えて顕彰する立場からの参拝なのか、それとも誤った戦争だったと考えているのか。「こころならずも」も実に曖昧な言い方で、「こころならずも誤った戦争に駆り出され」たのか、「こころならずも戦争を選択をせざるを得なかった立場に日本が追い込まれて、その戦争に駆り出され」たのか。

靖国神社と政府の認識は違う

違うと言いながら参拝をしたのは、確かに矛盾している。しかし、小泉首相の論理の中では矛盾していないのであろう。「違う」あるいは「同じではない」の解釈には、1%の違いから100%の違いまでの可能性があるのだ。「同じ」という言葉は基本的に違いは0%であると取られても仕方がないことになるが、「違う」という言葉ならば、多様な解釈が可能となるのである。違いがどの程度であるかが曖昧になっているために、参拝反対派は違いが100%なのに参拝していると告発しようとする。ところが実際の小泉首相の認識については、反対派・賛成派ともに1%しか違わないのではないかとわかっている。一方小泉首相は100%までの可能性を否定することなく提示し続けることで論理的破綻を避けることに成功する。
当面する議論の中で重要なことは、この「違い」の程度について、明確に詰めることだろう。
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