わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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「はだしのゲン」の力
クローズアップ現代で「はだしのゲン」が特集されている。
この作品の力は、ゲンのしぶとく強く生きる姿勢にある。ゲンの父が「麦」に託して語った人の生きる力。子どものころにこの作品に強い共感を持った理由はそこにあったことを思い出す。また読んでみたいと思う。そして、人の強さを描きながら、そんな人々を虫けらのように大量に殺し去る核兵器を告発する。
核兵器を二度と使わせないという叡智を持ちたい。

ゲンにもう一度会いたい。と思った。
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参議院共産党議員団の新しい仕事
新国会の参議院共産党議員団に期待したいことがある。
過労死防止基本法案の提出である。
共産党は念願の単独での法案提出権を得た。
子の議席を生かして、これを実行してほしい。反対論者の本質を明らかにしてほしい。本当に人の命を救うことにつながる可能性がある重大な仕事になるだろう。

上記のリンク先の村野氏は言う。

そして、私は大声で言いたいです。

「過労死はあってはならない」と法を通じて宣言できない国は要らない、と。

そして、「過労死はあってはならない」と法を通じて宣言できない国は、遅かれ早かれ自ら滅びるだろう、と。



国家を個人の権利に対立させているだけでは本当のことは見えてこない。個人の権利を守れない国は、早晩亡びるのだ。国家か個人かの選択の問題ではないのだ。このことに多くの保守的人士も気づいている。
参院選2013共産党躍進に託された期待の質
今回の躍進は、現状批判としての役割だけを期待されたものではない。現状批判だけならもう国民の間に満ち満ちている。どのように現状を批判するのか。どのようにして現状を乗り越える新しい動きを作るのかが問われている。こういった世論は行き場を失い、形だけ新しいかのように見える二大政党の片割れ民主党、そして第三極に流れ込んだが、これらの流れも失望に終わりつつある。その上での共産党への期待なのだ。かつてのように、「政権党にお灸をすえる」レベルではないのである。

ここに応える方向性を、ぜひこの暑い夏を通して共産党には模索してほしい(多分そのつもりでしょう。言うまでもないことかもしれない。念のための老婆心である)。簡単に結論を出さないでいい。広い人々とよく対話をしてほしい。狭い意味での「護憲勢力」に限っていてはだめだ(まぁそのつもりはないでしょうが、結構この手のことにしか頭が回らない人々がいるので、念のため)。

日本の置かれた本当の危機とは何か。今回の引き続く選挙での共産党の主張は的を射ていた。特に、内田樹氏の以下の論評(「朝日新聞の「オピニオン」欄に寄稿」)に機敏に反応した質は期待できる。

いずれすべての企業がグローバル化するだろう。繰り返し言うが、株式会社のロジックとしてその選択は合理的である。だが、企業のグローバル化を国民国家の政府が国民を犠牲にしてまで支援するというのは筋目が違うだろう。
<略>
繰り返し言うが、私はそれが「悪い」と言っているのではない。私企業が利益の最大化をはかるのは彼らにとって合理的で正当なふるまいである。だが、コストの外部化を国民国家に押しつけるときに、「日本の企業」だからという理由で合理化するのは止めて欲しいと思う。
だが、グローバル企業は、実体は無国籍化しているにもかかわらず、「日本の企業」という名乗りを手放さない。なぜか。それは「われわれが収益を最大化することが、すなわち日本の国益の増大なのだ」というロジックがコスト外部化を支える唯一の論拠だからである。
だから、グローバル企業とその支持者たちは「どうすれば日本は勝てるのか?」という問いを執拗に立てる。あたかもグローバル企業の収益増や株価の高騰がそのまま日本人の価値と連動していることは論ずるまでもなく自明のことであるかのように。



同時に、日本の安全保障に関する議論もタブーにしないでほしい。ここをごまかさない論陣を張ることのできる条件も、編集長の奮闘によって広がっている。これを無視つづけているようでは、小さな成果で終わるだろう。

これらの射程から、まともな日本経済、主権国家としての日本を取り戻そうとする保守の人脈を含んだ広大な戦線の構築をすすめてほしい。その条件は、与党と野党の枠を超えて客観的に存在している。このことの正面からの分析とふみこみ、行動を求めたい。
今の民主党の実体
民主党の新幹事長に大畠氏が選ばれた。大畠氏は労使協調型日立労組の出身。原子力プラントにも携わった。原発推進の色調を明確にしていくことになるだろう。
堅実ではあるだろう。民主党の実体は、すでに労使協調型労組の利益代表で組合ぐるみ政党丸抱えの体質を持った旧民社党にほかならないのだから。組合ぐるみ政党丸抱えと言うのは実は旧社会党以来の旧弊。民主党の中で組合系議員の当選マシンとしてこの仕組みは引き続き働いた。だが、今回いよいよ昔の姿に縮退しつつある。

実際に就職してみて気づくこともある。組合というものの職場における人材養成機関としても、また人材の縦横のつながりを保証するためのつながりとしての意味を実感する。事実キラ星のごとき尊敬すべき仕事上の先輩方がかつて組合を支えていたことを僕らは知っている。組合員の利益を守るという意味は当然あるだろうが、組織率が高くてきっちりとした取り組みをすすめて来た組合であるならばなおさら、もし組合ぐるみの選挙が行われるとするならば、そこから自由になることは難しい。組合が選挙を主導することの危険性に、いまさらながら気づく。この仕組みは強大なマシンになりうる。
それだけに、民主党が縮退先として労使協調型労組を持っていることの意味は絶大である。民主党がちょっとやそっとのことでは消えないことは、その意味では保証されているとは思う。だが少なくとも、二大政党の一翼を担う可能性はもうない。そういう意味では民主党は終わった と僕は結論します。
保守との共同とはなにか
編集長が現時点での壮大な展望を論じている。

編集長の記事「政権を争う力を身につける」より

たとえば護憲という課題をとってみても、「社民」とか「生活」などと一緒になるというレベルでは問題にならないことは、ますますはっきりしている。圧倒的な保守層とどう連携していくのかが、この問題でのキーポイントである。

護憲ということでいえば、それを明確に打ちだしている元自民党の国会議員がいる。TPPの問題では、農協の幹部がたくさんいる。民主党なんかは、政権をとるにあたって、医師会の代表などを擁立した。あるいは、私の世代を見渡すと、ちゃんと物事をまじめに考えている大企業の管理職とか、中央官庁の官僚も少なくない。防衛官僚だってそうだ。

実際、そういう方々のなかに、定年間際に退職して、政治の世界に飛び込んだかたもいる。自分の信念を裏切って大企業や官庁で最後まで仕事するのもつらいからね。

そういう方々を左翼が協力し合って擁立し、保守的な方々と気持ちがいっしょだということを示すことになれば、自民党と対抗できる大きな力になると感じる。どうだろうか。



現在の護憲の展望は、「護憲政党」の結集の成否などにはない。このことはもうはっきりしている。保守層こそ広大な協同を模索するべき対象なのである。この点について、編集長のブログ記事「保守との共同は社会発展の方向」は語る。

いわゆる「革新」日本をめざすという方向性があって、保守との共同というのは、そういう方向性とは逆行するもの、あるいは関係のないものだろうか。あるいは、そもそも保守との共同は運動上の問題であって、政権がどうのこうのという性格のものではないのだろうか。

そうではないと思う。いくつかの点から。

ひとつは、めざすべき政策の方向性で一致しているからだ。農業にせよ医療にせよ、いま保守の人びとが自民党政府にたてついているのは、直接には自分たちの「既得権益」が犯されようとしているからである。だがそういう状態は、いまの日本が、国境を越えた資本活動の自由化をめざすことによって、生じているものである。ということは、保守の異議申し立ては、資本のコントロールが必要だという革新の主張の基本点が、労働分野にとどまらず広がっていることの証(あかし)なのだ。だから政策的な一致点が存在するようになってきた。

そしておそらく、日本社会の将来像をめぐっても、保守と革新は一致する。いま、日本がすすもうとしているのは、国際競争を勝ち抜く強い企業、強い個人をつくるような社会であって、そうでない多数の人びとには価値がないというようなものだ。

一方、日本の保守は、それとは異なる価値観をもってきた。村落共同体に代表されていたように、人びとが支え合い、助け合っていくという社会のありようは、日本の保守の良き伝統である。それがいま、一人勝ちという言葉に象徴される資本の横暴によって、ズタズタにされている。

だから、共同体的な社会を大切に思い、復活させようとすれば、保守勢力も、客観的には資本主義を乗り越えなければならないわけだ。そして、革新の側も共同社会(コミューン)を方向性としてめざしている。資本主義の枠内での改革であっても、そこでめざしているのは、一人勝ち社会ではなく、みんなのためにという共同性の方向を向いている。



ここで主張されている方向性を打ち出し得るのは左派では共産党しかない。期待を持ってみていきたい。
エジプト情勢を色眼鏡なく見る力
引き続き注目しているリベラル21の坂井定雄氏の記事「猛暑のラマダンに続く抗議デモ、同胞団弾圧への国際的非難―クーデター後のエジプト(2)―」。案の定ほかの記事に比べて「拍手」が少ない。リベラル派にとって、イスラム=頑迷な保守勢力という色眼鏡を外して世界を見ることがいかに難しいことかがわかる。
だが、この記事はエジプト情勢を見る基本となる視点を提供していると私は考えている。クーデター後の事実の推移の中で国民を本質的に裏切らなかったのはむしろモルシであること。クーデターの本質を隠そうとしているのがアメリカの立場であることを浮き彫りにしている。今後事態の推移の中で振り返ってみると、その真価がいよいよ明らかになる記事だと確信している。
今後続きが投稿されるようだ。楽しみに待っている。
参議院選挙の結果について
私が最も注目していた共産党の最近の国政選挙における得票の推移を見てみる。

    2013参院選 2012総選挙 2010参院選 2009総選挙
共産党  5,154,055  3,689,159  3,563,557  4,943,886

今回の得票は、民主党旋風が吹き荒れ、それを追い風として票を伸ばした2009年総選挙と比較しても大きく伸ばしている。二大政党、第三極を喧伝されてきた数年間を乗り越えて自力でつかんだ勝利だといえる。
ところで、東京都議選の得票のみをもって共産党は退潮一方であるかのような議論がなされたが、この論が失当であることも、以下の東京での得票の推移が示している。

    2013参院選 2013都議選 2012総選挙 2010参院選 2009総選挙 2009都議選 2007参院選
共産党  772,500  616,721  484,365  497,151  665,462  707,602  554,601

都議選の結果が共産党の支持層を新たに増やす効果を持ったことも見て取れる結果である。東京選挙区での吉良候補の当選も含め、チャンスはものにしたといえるだろう。
これで共産党は参議院で11議席を占め、党首討論への参加と単独での議案提案権、法案提案権を得た。これを活用して目に見える成果を獲得する努力をしてほしい。

一方で、自民・公明が大勝したことになっている。得票はどうだろう。

    2013参院選 2012総選挙 2010参院選 2009総選挙
自民党 18,460,404 16,624,457 14,071,671 18,810,217
公明党  7,568,080  7,116,474  7,639,432  8,054,007

確かに自民党・公明党は得票を増やしている。同時に、大敗した2009年総選挙に比べるといずれも票を減らしていることも事実だ。アベノミクスの破たん後は大きく票が逃げることになるだろう。

民主党は大きく減らし続けている。

    2013参院選 2012総選挙 2010参院選 2009総選挙
民主党  7,134,215  9,628,653 18,450,140 29,844,799

とうとう公明党にも抜かれるに至った。
民主党は比例代表の上位に労使協調大企業労組系の候補をずらりと並べており、ごっそり当選している。
一方で興味深い記事がある。民主党の大阪選挙区の候補梅村氏の落選を伝える記事だ。

 頼みの綱の労働組合中心の組織戦も難航。陣営担当者は「支援どころか連絡もつかなくなる組合もあった」と労組の“民主離れ”を打ち明けた。



これを労組の民主党離れと言うのは常識的だが、実は梅村候補はハブられたというのが真相だろう。連合の身内候補の当選のためのマシンだけが働いた。労組の身内候補でない自民党の対抗軸としての「二大政党制」を体現するだけの候補は、すでに今の民主党を支える現実的基盤(=連合)にとって何の魅力もない存在なのである。
民主党は文字通り「連合」の選挙マシンに縮退しようとしている。「連合」には二大政党の一翼を担う気概などない。野心を持った政治家たちは早晩政界再編の中へと民主党を立ち去っていくだろう。

第三極はどうか。

    2013参院選 2012総選挙 2010参院選 2009総選挙
維新   6,355,299 12,262,228  ---  ---
みんな  4,755,160  5,245,586  7,943,650  3,005,199

維新は二人の党首の困った人間性を浮き彫りにしたこの間の一連のてんまつですっかり失速した。みんなは2010年が頂点で、あとは減速する一方である。維新+みんなという、第三極喧伝勢力が思い描いたシナリオも発動せず、民主の代替体制内勢力の構築に失敗した。

山本太郎氏、沖縄の糸数慶子氏と、比較的強く政策的内容で一致しうる議員も当選した。可能な協力関係を築いていくことを期待したい。

議席数で共産党、みんな、維新が並んだ。これらの政党が本当に国民の望む方向性の実現に力になる勢力なのかどうか、ここを国民は真剣に見ている。創意を尽くして制度を活用しきることが求められている。
今回の参議院選挙のインパクトある結果で開ける可能性
今回の参議院選挙で以下の可能性は開けるでしょうか?

・消費税増税による日本経済の打撃的破壊の中止
・時代錯誤、専制国家への逆戻りにつながる自民党の憲法改正草案の粉砕
・日本の主権をあらゆる分野でアメリカに売り渡し、食糧安全保障を破壊するすTPP参加のストップ
・なし崩し的に原発利権にへつらい、世界に危険な原発を輸出する先頭に首相が立つ無責任な政策の打破

インパクトのある結果が得られた場合、可能性はそれぞれ開けてくると思います。
インパクトがある結果は一通りしかないです。二大政党だとか、第三極だとかの浮草をいくら増やしても仕方がない。力のある批判勢力が、大きく伸びるかどうかだ。可能性はあるように思う。

ここを基準にこれからの僕のブログでの結果評価はさせてもらうつもりである。

ニコニコ生放送の「とことん共産党 投票日前夜スペシャル」はぜひ見てみてほしい。明るくてゆるいふんいきで、贔屓目でなく聞かせる番組に仕上がっている。率直に言って驚いた。
わかってほしいのは、その具体論の豊かさ。
何でも反対だとか、共産党が伸びたら日本を終わるとか、そういう次元の批判は明らかに無効であることがわかると思います。

どういう結果になるか楽しみにしている。いい結果になると思う。
また、どういう結果になろうとわれわれには未来がある。
石破発言
軍法会議で死刑もありうるという「きびしい」体制をとって国民を縛り付けて国防(?)にあたらせるという主張である。僕は基本をまったく踏み外していると思う。
国を守る力の源泉は、国民の自発的な愛国心なのではないのか。
国を守ろうとする国民の自発的なたたかいがないのに、その国は本当に守るに値するのか。
死刑でしばりつけて無理やり銃を握らせるような国を石破は熱望している。断言する。そのような国は滅びてしまえばよいのだ。また、そのような国にしてはいけないのだ。

国民みんなで支えあう国民国家があり、歴史があり、それを大切だと思う国民がいるからこそ、その国を守ろうとするほんとうの国防が成り立つ。だが、石破の国防軍は、名前は国防軍だが、国を守ろうとする意思もない国民を恐怖でしばりつけるだけの国防軍だ。確かに、国民が自己責任で蹴落としあい、教育も福祉も市場経済に投げ込み、グローバル企業の言うがままになったブラック化した日本など、守るに値しないのだ。だからこそ死刑による脅しが必要なのである。

語るに落ちるとはこのことである。
ツボを得た共産党の自己紹介ページ
いいページができましたね。この手のページの中では一番いい出来だと思います。
特集「共産党Q&A」

自衛隊政策をズバリと言い切っているところがいいですね。

Q:自衛隊をすぐなくすつもり?
A:そんな無茶なことはしません。「なくしても安全」と国民が判断した段階でなくします。



僕の考え方と距離はほとんどないです。正確にここが伝わることが大切ですね。

政治システム論者プロデュースの夢オチ選挙
今回の選挙での民主党や第三極の苦戦は、作られた「政治システム」=二大政党制・第三極構想の破たんのあらわれである。この構想は政治システム論者たちの夢想に端を発している。その夢から有権者は醒めつつある。物語が夢の中の出来事であったことがラストでわかる展開を「夢オチ」というらしい。今度の選挙は、「夢オチ」選挙となるだろう。

東京都議選挙での共産党の野党第一党進出と民主党の転落は、この前触れをなすものだと僕は予想する。

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「政権交代可能な政治システムを!」
この言葉は自民党の長期政権に業を煮やした一部知識人・マスコミ人=政治システム論者たち(内田健三や数多くのマスコミ人たち)の合言葉になった。そして、リクルート事件を頂点とする数々の疑獄事件を契機に、「政治改革」が行われる。
二大政党制の意図的な形成=「政権交代可能な政治システム」と、そのための小選挙区制の導入の動きが広がる。
細川内閣の成立を奇貨として、政治システム論者は小選挙区制の導入に成功する。

自民党の長期政権を日本の政治的後進性と思いなし、形だけ恥じた政治システム論者たちの夢想は現実となった。実は彼らは政権交代さえされて、「民主的な政治」が行われさえすれば日本はよくなると思ったのだ。日本は欧米に比べて遅れている。政権交代ができないから。と言うのだ。
政権交代ができない理由は、彼らによれば、反対党が基本的な政治路線で対決をしていること。また、小政党が乱立していることにあった。いら立ちを深めた政治システム論者たちは、自民党と基本路線で違いのないもう一つの大政党を確立することを熱望した。そのためには、基本路線に反対する政党、あるいは小政党は邪魔ものでしかなかった。
自民党に代わる政治を求める一方で、自民党と異質な政策を掲げる勢力を敵視する。こういう矛盾がなぜ正当化されえたのか。それはひとえに、「政権交代が可能でないことが日本の政治の後進性だ」という思い込みにあった。政界の腐敗事件がその認識を後押しした。問題は政治の内容ではない。癒着や腐敗である。というのだ。この議論は容易に、政治の基本路線は現状のままでよい。という風潮につながる。そして二大政党制やマニフェスト選挙の喧伝。第三極への期待の捏造。そして今に至っている。

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政治システムの夢の産物である民主党も第三極も、現実世界に根っこを持たない。政党助成金は、そういう政党でもやっていけるように、政治システム論者たちが用意した発想だった。
民主党にとっては、政権奪取時が現実世界に根を張る数少ないチャンスだったのかもしれない。しかし、結局彼ら自身が忠実な政治システム論者であった。
今回の民主党の敗北は、土台すら残さないものになるかもしれない。ただ、彼らには唯一、旧社会党や民社党から受け継いだ延命基盤がある。それは、連合と言う労組である。今後「連合」の基盤に急速に縮退してくだろう。もし民主党が労働者の本当の利益代表の覚悟を持って闘うならば、力強い未来も描けるかもしれない。だが、あまり期待できない。連合は労使協調路線を結局捨てられないだろう。旧民社党のような勢力。組織があるから、経団連の代表する勢力の補完勢力としてはなくなることはない。これが二~三年後の彼らの姿だろう。
第三極はもっとひどい。基盤を持たないからだ。彼らの存在意義は、存在意義があるかのように見える勢力として見せることそのものなのだ。常になにやら新しそうなものを演出し続けるしかない。維新もみんなもそれを忠実に実行している。そして一つの組織で展開しきれなくなると、離合集散する。

もし現在の政治舞台に、自民党以外にこれら民主党と第三極しかなかったとしたら、目前に迫るアベノミクス破たん後の日本の行き詰まりは解決不可能な様相となっただろう。
現在の国会で活躍している根本的な批判勢力の存在は、それくらいの重要性を持っている。これらの批判勢力は幸いなことに国民の中に、強力とは言えないかもしれないけれど、基盤を持っている。真正保守の陣営も、理論の世界ではすでに、国民経済を守る立場を明確に、グローバリズムと根本的に対決する潮流を生み出している。だがまだ断ち切られた国民的基盤との結合を回復できていない。一朝一夕ではできないのかもしれない。それまでは、現存する批判勢力をしっかり強め、橋頭堡を築いておくことが重要だ。

いずれにしても、今回の選挙は、政治システム論者たちの夢想=「政権交代可能な政治システム」なるものに依拠した「二大政党制」や「第三極」勢力の静かな退場により、日本の未来展望を開くものとなるだろう。

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日本を20年にわたった呪縛し続けた「二一世紀臨調」的なものがいよいよ破られようとしている。僕はこのことをほんとうに歓迎する。
アベノミクスのリスク化後の日本
アベノミクスの中で唯一国民の懐を温める可能性のある内容をはらんだ「公共事業の矢」は、ケケ中的アベノミクスの流れの中で流産させられようとしている(「【東田剛】竹中先生、日本経済 次はどうなりますか?」)。
そうなると、大企業と金融商品で大儲けができる一部富裕層は潤うかもしれないが、大多数の国民にとっては景気回復など実感できない結果になる。その上財政健全化を迫られて消費税値上げに突き進む。構造改革は狂気のようにすすめられ、福祉や日本の土着産業の育成などは2の次どころか忌避。これはもう深刻な事態で、日本の実態経済は早晩失速する。

現在自民党に寄せられている支持の大部分は、アベノミクスに対する幻想に基づいている。反対のための反対ではない根本的なアベノミクス批判を展開できること。そのためには、単なる「恵まれない人の見方」論ではなく、日本経済の再建の方向性を見据えることが大切だろう。
経済を発展させる流れのについて、ここ30年のありうる方向性は二つしかなかった。グローバル競争の下で大企業を優先して育成するため、規制を外し自由な経済活動をすすめるのか。それとも、国民の生活を大切にして個人消費を伸ばしてこそ経済は成り立つという立場に立つのか。そして前者の道は経団連の主導の下で歴代政権が進んできた道であり、散々ためされ、行き詰まり切った道だ。今後向かうべき方向性は明確だと思う。大企業をいくら育成してもグローバル企業は日本を顧みない。トリクルダウンなどありえないことが何重にも証明されたのではないのか。

中央集権や官僚、制度の壁、既得権をあげつらう政治家も多い。こういうものたちをいくら増やしても、容易に規制外しに狂奔するグローバル経済のもとでの「強者のための国家」の流れをいっそう広げるだけだ。本当に守られ、権益を与えられてきたのはグローバル大企業なのだ。ここを指摘できないところにはまったく期待できない。
中国に好き勝手させないためにこそ、日本の歴史認識を明確にする必要がある
安倍首相は、歴史認識問題を中国が利用しているという。そうかもしれない。軍事力を伸長させた中国の覇権主義的な傾向から見れば、利害対立を話し合いで解決することを基軸とした戦後秩序は邪魔である。過去を直視することを避けようとする日本の傾向は願ったりかなったりだ。
日本が過去の侵略的誤りへの厳しい反省の立場を明確にとればこそ(これは日本の歴史をすべて恥ずかしいと思う自虐などとは全然違う)、南シナ海にまで触手を伸ばそうという中国の覇権主義の非倫理性を浮き彫りにしてそれを食い止めることができる。過去の歴史を本当に引き継ぎ活かすとはこういうことだと僕は思う。

エジプトを見る目
モルシ政権に対するクーデターの発生した現在のエジプト問題をしっかり理解したいと思ったら、以下の記事をお勧めする。

「リベラル21」の坂井氏による最新の記事「最良と最悪のシナリオ=クーデター後のエジプト」は、イスラム同胞団=頑迷な保守・狂信勢力vs軍+反モルシ派=進歩的民主主義勢力という図式からしか物事をとらえられない諸マスコミの報道とは一線を画した、多様な流れを現地の現実に即して理解するための不可欠な視座を提供してくれている。
様々な独裁とは異なる正当性をモルシは持っている。反モルシ勢力も軍の力を借りて主導権を握ったかにみられるが、土着のイスラム同胞団の冷静な対応があれば、決して簡単に主導権を握ることはできない。
エジプト人にとって本当の綱引きは、モルシ対反モルシなどにあるのではなく、制御できない報復の連鎖をいかに避けるかにあることを明らかにし、かつその展望があることを明快に論じている。

本当の左翼勢力の持つ底力がそこには反映しているのだ。リベラル21には、ちゃらちゃらした「サヨク」などとは一線を画した格調高い記事をしばしば見ることができる、侮れないサイトだ。


モルシ氏は、その意思を貫き通してクーデターに敗れ去った。しかしその過程は、たとえば過去の様々な反人民的独裁者の末路とは明確に異なる性格を持っていると僕は確信している。軍の行動にも過去の凡百の軍事独裁を志向してきたクーデターとも異なる性格のものを感じる。モルシも軍も、将来決してエジプト人民に対して顔向けできないような本質的裏切りは働かなかった。モルシも、堂々とエジプト人民の前に帰ってくることができるだろう。エジプト人民がその叡智を傾けて、未来を切り開いていくことを心より祈り、その過程を見守っていきたい。

#その後の経緯より(2013.07.22)

この直後、国民への裏切り行為はクーデターを行った軍の側から行われた。

8日未明には、モルシが拘束されているといわれる大統領警護隊本部前の広い道路に集まったモルシ支持者たちに対して、警備する部隊が銃撃、52人が死亡、多数負傷する事件が発生した。英BBCは「カイロでモルシ支持者たちが撃たれ死亡した」と特報した。
支持者たちと同胞団は軍が一方的に銃撃したと強く抗議。軍はデモ隊が突入しようとして迫ってきたので反撃したと釈明した。しかし現場を撮影してテレビ映像をBBCでみると、警護隊本部前の路上に張り巡らせた鉄条網の後ろに配置した装甲車上にたった兵士たちが、銃を乱射しており、デモ隊側は夜明けの祈りの時間で、鉄条網を突破しようとしている攻撃的な様子は全く見えない。(リベラル21、「猛暑のラマダンに続く抗議デモ、同胞団弾圧への国際的非難―クーデター後のエジプト(2)―」坂井定雄 より)



このブログによれば、エジプトの現在はまさにまごうことなきクーデターの様相を深めている。反対派の強権による拘束、拉致。その一部は連絡すら取れなくなっているという。そしてマスコミ弾圧。ここでも米国はダブルスタンダード的立場を取り、米国の手から離れたエジプトを再びその手に籠絡しようとしている。米国の行動の本質も、この論評の立場からしか読み解くことはできないだろう。


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