わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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広原盛明さんの問題意識
かつて京都市長選挙で大善戦をされた広原盛明さんが、「リベラル21」というブログで総選挙に対する思いをぶつけておられる。革新政党の危機意識のなさを指摘し、

私はこれまで度々主張してきたように、この危機的状況を乗り切るためには社民党・共産党など既成革新政党がそれぞれの独自路線にもとづく闘争を展開してもその効果は限定的であり、広範な護憲勢力が結集する“護憲第3極=反ファッシズム統一戦線”の形成以外に危機打開の道はないと考えている。その具体的イメージをいまこの場で具体的に提案できないのは残念だが、しかし“護憲第3極”形成に至る道は複雑であり容易でないことを思えば、取りあえずその議論を始めることが“護憲第3極”への第一歩であると確信する。


と主張されている。よくわかる面もあるが、まだまだ狭いと僕は思う。意識的に護憲を掲げる者のみを対象とし、それ以外の中間派を敵あるいは傍観者に回してはならない。広原先生のような見識ある護憲・リベラル派の方々と手を組んで進みつつももっと大きなウィングを持った共同を広げることで、広原先生の主張も力を持ってくるのではないだろうか。

これは大西広慶大教授(中国経済)から示唆されたアイデアであるが、中国共産党は盧溝橋事件突発を契機にして国民党に「抗日全面戦争」を呼びかけ、“国共合作”を成立させて日中戦争に勝利した。中国国内では激しい戦争状態にあった共産党と国民党が互いに連携してはじめて、日本軍国主義による中国侵略に対抗し得たことは教訓的と言える。“護憲第3極=反ファッシズム統一戦線”を形成するためには、日本の革新政党は“国共合作”に匹敵するぐらいの政治決断を求められるのではないか。


国共合作に匹敵する政治決断。というくだりはその通りだと考える。だが、この政治決断はおそらく、護憲リベラル派にも求められていることだ。護憲連合を国共合作になぞらえる枠組みは実はまったく違うと思う。国共合作とは、国民主権を守るための協同だ。グローバリズムと多国籍大企業・米国の支配に反旗を翻し、日本人のための政府を作ることが大切だ。多少居心地が悪いかもしれないが、ちっとも「リベラル」に見えない人々や、改憲の志向を持つものとも積極的に対話し、共同できる課題を掲げるべき時期に来ている。憲法に関する休戦を必要と感じさせるだけの説得力を我々が持って。軍隊を持つか否かの原理にこだわればこだわるほど狭くなる。護憲の協同は重要だが、多数を握るには決定的に狭い。
編集長(松竹さん)の仕事「九条の軍事戦略」はここに風穴を開けようというものだ。この試みが間に合うことを切に願う。
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体罰報道について
体罰なんて教育としては一番下手なやり方だ。なぜいけないのか理解するからではなく、「こういうことをすると殴られるのが嫌だからやめとこう」と、ある特定の行為や態度を表すことにする。というものだからだ(態度、というのは表向きのものだから、体罰に対する応答として演出可能なもの。新改悪教育基本法がいくつかの「態度」を教育の目標に掲げていたが、実に体罰適応的だと改めて思う)。教育の失敗だ。怪しからんことだし、なくなるべき方法だ。こういう教師の行為が高じると時に生徒を追い詰め、自殺に追いやることすらある。体罰の弊害を説き、少しでも体罰に訴えてしまう失敗事例を減らしていくことが大切だ。

とはいえ、この間の報道はどうだろう。「平手打ちがあった」とか、「ほうきでつついた」など。個々の明らかになった事例を告発する報道が続いている。このことに果たして意味があるだろうか。例えば神戸市教委の調査によれば、12万人の保護者対象のアンケートで「体罰を受けたことがある」とする回答は217件ある。僕の学校時代の感覚からいえば、そこまで減ってきたのか。という感じもする。とはいえ、これだけの件数がまだあるのである。これを全部あげつらえば問題は解決するのか? こういう悪い性癖は一朝一夕で形の上で根絶させればすむといったものではない。その背景には教育観の問題や教師や学校の疲弊の問題や、市民社会の倫理の問題があるのであって、ここをいかにして変えていくのかが求められているのだ。こういう作業には一定の時間がかかることをめんどくさがってはいけない。

大阪の高校で生徒が自殺してしまった事件は中でも本当にひどい事例だった。特にスポーツが絡むと度を越した暴力が発動される傾向がある。柔道の問題を含めて、スポーツに関する草の根における理念の遅れが目立つ。部活動における行き過ぎた上下関係なども関連する問題としてあげられるだろう。落ち着いて草の根の教育観をよく議論し、少しでも変えていくことが必要だ。この事例もしっかり背景を伝え、いかに考えの足らない行為を教師が行ったのか、なぜ周囲はそれを防げなかったのか、繰り返し教訓とする必要がある。

でも、一つ一つ個別事例をつかんでは告発し、教師の失敗をあげつらい、個別の学校を悪の巣窟であるかのようにさらし、校長を土下座させ、表向き体罰ゼロを装させるような行為に学校を走らせるような昨今の報道姿勢は改めてもらいたい。この報道姿勢は、教師に対する一種の体罰教育のようなものだ。「体罰をすると世間や報道が怖いからやめとこう」。これこそ本当の教育の失敗じゃないか。

世の流れにものを申すようであるが、体罰の問題をすべてコンプライアンスの問題に持っていくことが一番危険だと思う。放っておくと学校は体罰を働こうとするものであるとか、あるいは隠そうとするものであることが前提とされている。法の支配と市民の監視によって、体罰を働こうとする邪悪な学校と教員をしばりつけ、体罰に訴えないようにしてやらなければならない。公器たる報道機関こそ、監視の目を光らせる役割を果たさなければならない。学校は体罰という犯罪行為を犯さぬよう、法の順守、コンプライアンスの観点を堅持し・・・こんな状態こそもっとも不毛だ。体罰に走ってしまった事態を最も歯がゆく思い、忸怩たる思いでいるのはほかならぬ多くの先生たちであり、学校現場であることを信じることをやめてしまったら、いったい誰に教育を託せるというのか。法の論理と監視で問題を解決できないのが教育の現場なのだ。
「民族の自由」という概念
「民族の自由」という概念に触れたのは大学生になってから、日本共産党の「自由と民主主義の宣言」を読んだときである。この文書では、日本共産党がより自由な政党の活動や報道の自由、政治的発言の権利を保障する立場であること、国民の経済的な権利を擁護する立場を取ることについて明確に宣言をしていた。高校生の頃も「赤旗」等の報道に触れていたから、日本共産党は、ソ連や中国のそれとは全く性質の異なるものであることはよく理解していた。これらの自由については、「生存の自由」・「市民的政治的な自由」としてまとめられていた。
しかし、当時僕が理解できなかったのは、「民族の自由」という第3の民主主義の内容であった。どちらかというと唖然とした。面食らった。「民族」だと? 戦前の亡霊のような概念がなぜここに出てくるのか。そしてそれが自由の構成要素だとは??

ちょっと前のエントリーでの内田さんの記事に対する感想にも触発されて、あらためて「自由と民主主義の宣言」を読んでみた。
[READ MORE...]
TPPをめぐる絶望的な状況
日本経済の現状については東田剛氏(だれでしょうね^^)の解説が生々しくわかりやすいですね。
三橋貴明の公式サイトから。

【東田剛】ヘイゾウノミクス

例えば産業競争力会議の坂根正弘コマツ会長の談。これが凄い。
http://jp.reuters.com/article/jpTrade/idJPTYE90F06520130116

「供給サイドの合理化には一時的な雇用の痛みを伴うが、「問題を先送りしていたら解決できない」と語った。」
「強者を一層強くする方が国全体として強くなれるとの認識に転換すべきとの考えを示した。」

これは、典型的なトリクルダウン理論です。

リーマン・ショック後は、こんなこと、アメリカの金持ちだって、公の場で大きな声では言いませんよ。



そうそう。結局昨日安倍首相がTPPへの参加、大企業本位の景気浮揚策の意味を語る時の言葉もトリクルダウンの説明だけだった。もうこんな空手形に騙されるな。

さらに、産業競争力を強化するために公的資金を使うことについては「強い者を強くするためならいいが、弱者救済は絶対避けるべき」だと言うのですが、強い者を強くするのに公的資金を使うなんて、狂っています。



そう。「狂っている」ことがわからない人が多くなってきている恐ろしい現状。

しかし、安倍政権叩きの機会をうかがうマスコミは、すでに公共投資に狙いを定めています。
よって、内閣支持率が下がりだしたら、安倍政権が、政権浮揚のために最初に切るのは、公共投資でしょう。
次に、規制改革会議が公開で行われて、抵抗勢力叩きの劇場が演出されるのでしょうなあ。
これで、アベノミクスは、ヘイゾウノミクスになります。



なるほど本質はヘイゾウノミクスなんだ。
国土強靭化計画の微妙な位置づけもよくわかります。TPP推進やアベノミクスなどの政策と並べて国土強靭化計画も撫で切り批判をするのが革新派だと思っている向きも多いかと思いますが、主敵をよく見極めるべきだと思いますね。

【東田剛】これで国益を守れる?

また、「両政府は,最終的な結果は交渉の中で決まっていくものであることから、TPP交渉参加に際し、一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではない」とありますが、要は、結果は交渉力次第だという当たり前の話に過ぎません。
こんなこと、総理がわざわざ訪米して大統領に確認するような話でしょうか。



そして肩を落とす読者にきつい追い打ち。

さて、これを読んで絶望的な気分になったTPP反対論者のあなた。それくらいで気が滅入るようなら、はじめから日本の政治や経済に関心をもってはいけなかったのですよ。
世の中のことが分かるということは、厳しくつらいことなのです。



すごいね。この落とし方。東田剛氏はただものじゃないですね。だれでしょうね^^?

中野剛志の「日本防衛論」を、沖縄基地問題での明瞭な発言からも「サヨク」の陣営と思しき前泊博盛氏が書評に書いているようです。重要な知的交流だと思う。うれしいきざしですね。
TPP撤退で信頼を失う? かまうものか!
TPPは国家売り渡しの仕組みである。
安倍首相は記者会見で、国益に反する場合に撤退するか、と問われて明言をしなかった。嘘つきである。
TPPから撤退するとアメリカの信頼を失う? かまうものか。おれたちの責任じゃない。嘘つき首相の責任だ。首相ごと取り換えようではないか!
グローバル資本主義と国民国家の対立
内田さんのブログから。

日本において私たちが経験していた子どもたちの「学びと労働からの逃走」は国際共通性の高い問題だったということです。
おそらく、これと類似した現象は、規模や深刻さは違っても、世界のいずれの先進国でも起きているのではないかと思います。では、それはどんな現象なのか。
それは大づかみに言うと、「グローバル資本主義」と「国民国家」の利益相反という事態であろうと思います。


この二つの存在のタイムスケールはそれぞれ、四半期と百年(人間の寿命のスケール)である。この二つはそれほどに異なる存在であることは明らかだ。

もちろん、私と危機感を共有する人は少なくありません。
彼らはどうにかして、「国民国家的なもの」、とりあえず「寿命の長い共同体」を想定して、そこに参加して、先行世代から「パス」を受け取り、後続世代に手渡すという「物語」を採用しないと子どもを成熟に導くことは困難であるということは理解しています。
私としては、そういうつよい危機感をもった人たちが自然発生的に「学びと労働の拠点」を構築して、グローバル資本主義の放つ「圧倒的な合理性」に対抗するというかたちしか、短期的な戦略としては構想することができません。


同感である。

でも、グローバル資本主義はそんなものを求めていません。彼らが求めているのは「とりあえず次の四半期の収益を上げるのに資する人材の育成」です。能力が高くて、賃金が安くて、体力があって、権利意識が希薄で、批判精神が欠落していて、上司に従順で、いかなる共同体にも帰属せず、誰からも依存されていない、辞令一つで翌日から海外の支店や工場に赴任できる若者(それを日本の文科省は「グローバル人材」と呼んでいますが)、そのような若者を大量に備給することが学校に求められています。
国民国家内部的な発想をする教師たちはそういう要求につよい違和感を覚えます。
「そんな子どもたちばかりを育てた場合に、彼らは30年後、50年後にどうなるのか?」という不安を感じます。ちゃんと家庭を営めるのか? 子どもを育てられるのか? 地域社会の担い手になりうるのか?国民国家のフルメンバーとして公共の福利に配慮できるのか?などなど。
でも、こういう問いはすべて国民国家内部的には意味があるけれど、グローバル企業にとってはまったくナンセンスな問いなのです。


グローバル人材なるものの本質はこれに尽きると思う。そして、今教育がなすべきことはここに尽きているとも。わにぞうなりに、人の間尺に合った国民国家的なものの力を育てることに向かいたい。ここにおいて、中野剛志も完全に同調しうる議論が成立しうる。


プロフィール

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  • Author:わにぞう
  • 理系研究者です
    自転車で遠くに行くのが好きです
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