わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
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総選挙公約比較のサイト
政党を名乗るものが二ケタに上るなかで、どう選んだらよいのかよくわからなくなる。
でもインチキサイトもあるね。
「総選挙 公約」で検索をしてgoogle推奨で出る「the-liberty.com」は本当に胡散臭い。それらしい雰囲気で自民、民主、維新の写真を掲げているが、「各党政策比較」を見てずっこけた。「民主」「自民」「維新の会」に加えて比較されているのは「幸福実現等」のみ。よく見ると大川隆法サイトだ。
こういうサイトでは何にもわからないから気を付けよう。

ニコニコ生放送の「政党別政権公約特番」をお勧めする。12月2日17:50にopenとのことである。
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新第三極
新第三極があらわれてマスコミをにぎわしている。
小沢氏・河村氏まで合流ということになって、浮草のようなこの政党にはあまり期待できそうもないと思う一方で、多くのまじめな人も一縷の望みを託そうとしていることも事実。

いずれにしても、この「政党」を無責任に推奨することは僕にはとてもできない(やっぱり「政党」とカッコづけにしないとしっくりこないなぁ)。当選した後どうなるのかわからない人もいる(いるというより多そう)。政党自体とその一致点があまりに軽すぎて、今の日本の危機の深さにはとても対応できそうもない。グローバル競争のもとメガコンペティションに我を忘れている経団連・多国籍企業と、世界の憲兵の役割への野望を持ち続けるアメリカの横暴を食い止めなければならいのにその基盤がない。基盤のなさは民主党どころではない。

ただ、気になるのはこの「政党」に藁にもすがる思いで閉塞感からの脱却の思いを託そうとしている人々の思いをどう掬い上げるのかだ。ここには大いに探求の余地がある。この点では日本共産党の「大人の対応」を期待している。一定の国民の支持の影響力を背景にして、浮草のような「日本未来の党」の心張り棒的な役割を周囲から果たす、「ガチな」政党が日本には必要だ。この役回りを果たし得る基盤を持った政党はほかにない。

マスコミの伝える日本共産党の対応は、「新党を否定するのに躍起になった、棒をのんだような対応」という印象一辺倒なのだが、マスコミの思い込みに基づいて振りまかれた印象を拭い去ってみると、単に「日本未来の党」を根本的全面的に否定するような評価を共産党は公式に述べてはいない。「卒原発」単独の政策では総選挙の争点とは不十分だというコメントだけであり、これ自体はまぁその通りである。

僕は一両日中にも、全面的な否定的・肯定的両面の基本評価を明らかにしたうえで、何らかの具体的なアクションを含んだ対応を、日本共産党が発表する可能性が高いとみている。外れたらごめんね(^_^)。

日本共産党にはいろいろな政策的展望があることは知っている。総選挙政策も見てみたが、対立点を明確にして、きちんとした硬派な提案をしている。この機会に、「日本未来の党」が獲得する可能性がある議席との共同で、単独ではできなかったような法案を国会で提案するといった政策実現への展望を結び付けたしたたかな踏込みをしてもらいたいところだ。
ピュアなピアノの調べ
学生の頃頑張って買ったウォークマンで聴いた「雨音はショパンの調べ」by 小林麻美。
あの曲をテープに収めてくれた友人は今どうしているのかな。
イヤホンでステレオの楽曲を聴くなどということは初めてのことであったので、すごい衝撃を受けた。
ピアノもドラムもキーボードも甘い声も。

で、ちょっと関係ないけれどピアノというと、ブームのTropicalismあたりのラテンに壊れたピアノもいいね。

こういうことは書いておかないと忘れてしまうので。
かっこいい歌
何で聞いたのか忘れてしまったけれど、とてもかっこよくてどうしても忘れられない歌。
「Last smile」by LOVE PSYCHEDELICO
聞きたいと思ったけれども曲の名前がどうしても思い出せずに・・ようやく探し当てたので、備忘のために書いておくことにする。
中東の変化とガザの停戦
国際環境って、人の力で変えられる。
中東の民主化の流れはイスラエルの軍事的暴虐の手を縛ってしまった。
凄いことだと本当に思った。

浜田省吾「J.Boy」を聴く
こういう日本であっても、自分を見失わずに生きていけ! というメッセージだ。
今日の日本の惨状につながる道はすでに1980年代から若きJ.boyたちの心を挫いてきた。時代は膠着しながらつきすすむ。J.Boyたちへの応援歌であるこの歌を一方のカウンターパートとしながら。僕たちはまだ頑張れる。
さだまさし「風に立つライオン」を聴く
僕は生粋の左翼だったから、ときどきさだまさしの愛国心を前面に出したようなトークにはついていけないと思っていた。だけれどもこの曲の「僕たちの国は残念だけれど何か、大切なところで道を間違えたようですね」という静かな言明に、深く共感をするところがある。道を間違え始めた事実に早くから気づくことができ、普通の言葉でそれを発信し続けてきたさだまさしに、やはり尊敬の念を持つ。

解散・総選挙に何を問うのか
解散総選挙となった。
マスコミは「第3極」を支配層にとって「無難な」選択肢として提示する。マスコミも持ち上げている「安心できる」選択肢「第3極」にすがるしかないところに多くの有権者が置かれている。

いったい今何を総選挙に問うのか。共産党には期待をしているが、今の打ち出しには率直に言わせてもらう。本気を感じられない。「自民党政治の打破」? 第3極は自民党政治の枠内で済まされるほど安全なものなのか。「本当の改革」? 数十の「本当の改革」が吹き荒れた後でこの程度の打ち出しで心をつかめると考えているのか。

僕は二つの打ち出しを考えている。「売国型経団連一辺倒の政治の打破」そして、「アメリカ頼みの安全保障一辺倒の政治の打破」だ。

TPPは多国籍企業の足かせを外し、それらに多大な機会を与えるものだ。脱原発の回避も多国籍大企業の不安にひれ伏したものだし、消費税増税と法人税減税も最悪の多国籍企業優遇策だ。雇用も安上りの外国人に「期待」。震災復興すら経団連のよこしまな新たな儲け口に差し出して痛みに感じない。グローバリズムと新自由主義に終止符を打つのかどうかが深刻に問われている。「財界中心の政治の打破?」 甘い。財界にもいろいろあるだろう。日本経済の発展を存立の基盤とすることのできる財界と、グローバルコンペティションにかけるしかない多国籍企業たちとは異なる。今こそ、例えば下村治氏のような、日本を興す志を持つ財界人の本気を引き出さなければ、日本はもろとも沈没するであろう。共産党がここに踏み込んでくれなければ、日本を救うことはできないだろう。その意味では自民党政治はすでに崩壊している。その積極的側面と同時にとうの昔に。いまさら自民党政治の打破なのか。

「アメリカ一辺倒、オスプレイ容認に反対?」 甘い。そりゃあ日本の空我が物顔のオスプレイけしからんという論建てくらいいくらでも書き立てられるさ。でも、じゃあ尖閣をどうするのか。こう反問する多くの2ch世論の端っこにも引っかからない問題提起だ。2ch世論はよく知っている。米国と米軍は尖閣なんて本気で立ち向かうつもりなんてないことを。報道されている範囲で明らかだ。領土問題は日中の問題だと米国はしきりに逃げている。今問われているのは、オスプレイさえ入れていれば安心なのかどうか。本当の平和的な安全保障政策で人々を納得させられるかどうかだ。共産党は独自の平和外交に基づく安全保障を政策として持っていることは知っている。僕はそれに賛同できる。なぜか。軍事的優位性の競争だけでは実は力関係は決まらない、また、それだけで決まる世の中にとどまっていては人類には未来はないと僕は確信しているからだ。だが、多くはそうではない。なぜ軍事的優位性の競争だけでは不十分なのか。ここに丁寧な議論が必要なのだ。ここで納得されなければ、オスプレイへの怒りなど本気で共有されようがない。本当の安全保障政策を問わなければならない。軍事を遠ざけるだけの平和主義は総選挙の争点としては甘い甘い。

民主党について、自民党と同じだから。右翼的だから失望したといって見せる。甘すぎる。心ある人々は、自民党は右で、その右に反対する左を伸ばしさえすれば何とかなるなどと言うナイーブな政治観からこれもとうの昔にはなれている。「右だから」だけでは効果的な批判になっていない。

少なくとも今のところ、わが期待する共産党の主張は甘すぎる。インパクトゼロだ。

経団連のような売国多国籍企業勢力と国民経済を本気で掲げる勢力の間に本気でくさびを入れるべきだ。「平和らしい」ことを安全圏から主張して満足していてはだめだ。本当の安全保障政策を確立するためにこそ、米国一辺倒を克服すべきことを主張すべきだ。そのために「自衛隊の強化だ」と走るものもいるかもしれない。かれらと本当の日本の安全保障を確保する立場から合意を獲得する努力が本当に困難で必要な作業だ。ここに挑まなければ、前進はないだろう。

僕は本当に心配している。重要な選挙なのに、本質的な争点は全く浮かび上がってこない。わけのわからない第3極にマスコミと国民世論が踊らされている、この遊戯でこの選挙が終わってしまうのか? 差し障りがあること、議論を呼ぶようなことを、きっちりと打ち出す必要がある。さもなければ展望のまったくない小規模な失敗があるだけだ。座して日本の衰退を容認するような現状にはまったく満足できない。
そらぞらしいニュースの洪水のなかで
景気の後退局面。
世界中でマクドナルドが売り上げを減らしたという。アメリカは財政の崖だそうだ。ヨーロッパはユーロ危機をいまだ脱却できない。日本も何とかしなさいと経団連会長が吠える。
さあ改革は待ったなしだ。とニュースキャスターは言う。
相も変わらず経済アナリストが出てきて、民間活力導入と規制緩和、新しい海外の市場に打って出る改革を唱える。

このパターンで何年を失ったのか。もうね。いい加減にしたほうがいい。

グローバリズムと新自由主義経済。このドクトリンにしがみつくのはやめるべきだ。

経済原理と多国籍企業の論理にゆだねてはいけない。人が不幸になるばかりだ。本当の国民国家を構築していかなければならない。人間が社会の主人公になるとはそういうことだ。
言論空間の分裂を超える意義
「愛国者の邪論」さんのブログ記事「国際紛争は武力から話し合いで解決する時代に入った!19世紀的石頭の安倍・石原アナクロ連中を博物館へ!」から。領土問題や野田首相の親書の問題に関して。

なにも韓国や中国の言い分に理があると言いたいのではない。韓中の報道も明らかに自国中心的だ。問題は、自国の主張にしか触れない国民は、相手の言動が非合理的にしか見えず、簡単に排外主義に飛びついて、戦時下のような強烈なナショナリズムが増幅されるという点にある。これでは対話そのものが成立しない。


共感したので引用し、トラックバックしておきます。
相手国の主張を紹介すると、「売国奴」と言われるからだろうか。こういうばかげた「愛国的」非難とはマスコミならば戦ってほしいところだ。自国の主張に自信がないから他国の主張が紹介されると不安になって非難するのだ。また、自国が誤っていれば勇気を持って謝ればいい。自国の誤った進路を真剣にただそうとすることこそ真の忠国に根差した愛国者である。単なる自己愛的「愛国者」はもっとほんとうの忠国心(中野剛志「反官反民」より)を持って勉強するべきなのだ。

それから、そういう報道の在り方のために、中国人・韓国人はそれぞれに都合の良いことしか知らされていないことをよく理解して我々は対応するべきだ。そうでないと、愛国者の邪論さんのおっしゃる通り、相手の国民の主張は単なる非合理。悪意としか受け取れなくなる。問題の解決には有害である。


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  • Author:わにぞう
  • 理系研究者です
    自転車で遠くに行くのが好きです
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