わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
06 | 2010/07 | 08
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平和と構造的暴力論
伊勢崎さんの以下の言葉を覚えておきたい。

果たして、構造的暴力のない状態、つまり、武力衝突がないだけじゃなくて、武力衝突になるような原因もない状態、そういう状態が平和というのだったら、そういうのを目指すのはいいけど、ほとんど宗教の世界ですよね。僕は宗教をやるつもりもないし、絶対に僕の孫の代でもそういう時代はこないと思います。そういうものに関して僕は、残りの人生を費やそうとは思わないんです。そうではなくて、僕は、目の前に起こっている紛争で、人が死ぬのを最大限にとめたい、そこに人生を費やしたいと思っています。
「SMPY」伊勢崎賢治教授インタビューより。


構造的暴力の全面的な廃絶を平和の目標とする議論を「平和学」においてよく聞かされる。この議論は、どちらかというと「冷戦の終結」の事態を受けて、戦力を直接的に行使する戦争の問題性が遠のいたとする幻想に源流があるのではないか、と思う。直接的な戦争は大体片付いた。だからこれからは構造的暴力一般の廃絶に進むのだ。という論理である。
ちょっと勘違いなのかもしれないけれど、どうも僕自身、平和問題を「構造的暴力」一般に解消してしまうことについて、違和感を禁じ得ないままでいる。伊勢崎教授の議論もよくわかる気がする。

平和学でよく積極的平和とか消極的平和とか定義してやっていますが、あんまり興味はないです。それは自己満足に終止してしまいがちだと思っていますので。


そうそう。言葉にしきれなかったけど、僕もそれがずっと言いたかった。同感です。
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参議院選挙が終わって
参議院選挙の結果はほぼ予想通りだったといえる。民主党が政権交代後のさまざまな公約違反や無原則的な方針転換の報いを受けて後退。離れた支持は一部は自民に戻るもののそこにとどまるものは少なく、結局は「みんなの党」に回った。みんなの党は、公務員バッシングと小さな政府、新自由主義の徹底を打開策として掲げている政党。だから僕自身はまったく期待はしていない。むしろ社会に対する様々な不満を公務員一般に破壊的な形で向けさせ、公共的サービスを民間に移そうとすることだろう。こういう方向に展望を見出している人々にこたえるメッセージを、公務員の側から出すことが有効・必要なのではないか。余談だが、支配層の演出はそろそろ2大政党のシナリオから、2大政党プラス有望そうな第3極のシナリオへと移るのかもしれない。
結果で意外だったのは共産党の不振である。今回共産党は消費税増税の問題点や、結局財界の求める日本企業の国際競争力を強めることを口実として(「口実」と表現したのは、かならずしも国際競争力との関係もなんら立証されていないから)、法人税減税が消費税増税とセットに意図されていることを追及していた。論争としては最も重要な焦点を指摘していたと思うし、票は伸ばしてくるものと思っていた。

その点、今回共産党の選挙結果に対する反応は少しいつもと違っていたのが印象的である。

一、私たちは、今回の選挙結果を重く受け止めています。国政選挙での巻き返しにむけ、本格的な態勢構築をはかります。党綱領と大会決定にたちかえり、今回の選挙戦について、政治論戦、組織活動などあらゆる面で、どこにただすべき問題点があるか、前進のために何が必要かについて、党内外の方々のご意見・ご批判に真摯に耳を傾け、掘り下げた自己検討をおこなう決意です。


通り一遍の結論では終わらないという思いを持っているようだ。期待したいと思う。

政策論戦上の問題点を検討するうえでの視点をいくつか考えてみる。やはり全面的に正しいといえない、あるいはもっと汲みつくせるものがあるのに、主体的な問題としてくみつくしていない面があるのではないか。
一つには、共産党の議席がどの程度伸びたとき、どのような役割を果たすことができるのか、十分なわかりやすい提起をしてこなかったことがあげられるかもしれない。現在の日本の行き詰まりが厳しくなっているからこそ、かえってむしろ具体的にいったい何をしてくれるのかが問われる。不当性を追求するジャーナリズムのような役割のみで終わっていてはいけないのではないだろうか?
その点で、一定の勢力を動かしうる論理をいろいろなレベルで用意することが必要だろう。この点はまだまだ弱いように感じる。具体的には例えば、日本経済を米国の要求のままに改変する動きを食い止める幅広い協同を追求すること。あるいは、普天間基地の国外移転を支持する多様な合意のありようを追求することなどがあげられる。
関連して気になるのは、「日本経済の問題については財界言いなり、外交や軍事についてはアメリカ言いなり」、といった単純な二分法が目立ちすぎるように思うがどうだろう? 米国の圧力が経済問題と軍事問題の両方にまたがって全面的にかかってきていることが軽視されてはいないだろうか。
日本の様々な政治的潮流があるが、その多様性が大きくなっていると思う。重要なことは、大きな不一致点があっても積極的に協同を進めることだろう。
たとえば現在の自衛隊に対する見解や将来の自衛隊の在り方に関する見解。憲法9条を究極的には変えたいと思うのか変えたくないと思うのか。こういった違いは当面する大問題を前にすれば超えることが可能だ。ここを超えて9条を守ったり、軍縮を進めたり、普天間基地を国外移転させたりする非常に幅広い協同を、原則を明確にして提起できるような政治勢力は現状では共産党しか見当たらないのではないか。
共産党と社民党の共同、ということが語られる。それは大切かもしれないが、僕はむしろ上記のような保守派を含めた大共同を追求する中ではじめて展望の持てる協力がデザインできるのではないかと考える。

それから、「国民が主人公の政治」という言い方は情報量が小さすぎるのでやめたほうがいい。使う側からすると、共産党のイメージを変える切り札のように思っている場合があるようだが、こういう言い方だったら誰だってできる。情報が含まれていない。

組織的に元気がない、ということも言われるわけだが、これについては何ともよくわからないので言いにくい。ただ、こういう自主的組織の不振はあらゆる方面で広がっている。なんにしても企業体が大手をふるう。どんな組織でも、大学でさえもマーケティングリサーチを前提とするような風潮が、自主的な組織の発展を阻害しているように思う。人が自主的に集い、楽しいと思うことをする動きそのものを鼓舞していかないとどうにもならないのかもしれない。

普天間問題と安全保障政策について
普天間問題を考えるとき、もう一歩なかまを広げる提起がありうると思う。特に安全保障問題では、米軍の存続・そして自衛隊の存続を前提とした安全保障政策の範囲内で、普天間の無条件撤去を圧倒的な合意とする努力がもっとあってよい。この合意は圧倒的になりうる。

「保護主義の害悪」説は疑いえないのだろうか?
自由貿易の良さを喧伝する説が半ば常識と化しており、その際に必ず殺し文句として出てくるのが「保護貿易が世界を大戦の渦に叩き込んだ」という教訓話である。以前より、この公理がどの程度本当に公理なのかと疑いを持っていた。国家主権を前提とするならば、各国の経済運営についての自由を強く縛る自由貿易万能論はおかしいと思っていた。でも、「保護貿易は何が何でも防がなければならない」という議論について正面から疑問をさしはさむような議論を聞いたことも一方でなかった。ところが、京都大学の中野剛志氏は、毎日新聞への寄稿「保護主義でいいじゃないか」のなかで、研究の原典に分け入りながら、この常識に挑んでいる。ブログ「アラかん」が紹介してくれている。経済学のことはよくはわからないのだが、経済におけるネイションの役割に関する位置づけには、抽象論に傾くように見える経済学(新自由主義や、自由主義貿易万能論などはその典型だが)とは対照的な、つよい実在性を感じさせられる。
この中野氏、現在の日本財政に関しても興味深い提言をしている。日経ヴェリタスの「法人税減税は究極のバラマキ」という論評である。主要な論点は、ブログ「Internet Zone::WordPressでBlog生活」に紹介されている。共感を持つ部分が非常に多い。この記事もまた紹介してみたい。
西部邁氏の番組に出演しているビデオもある(西部邁ゼミナール2009年3月21日放送)
ついでにもうひとつ。萱野稔人氏とのトークをすでに2008年にジュンク堂がやっていて(えらい!)、その中身の要約が紹介されている。

ともかくもぜひ中野氏の経済学の本を買ってみたいと思う。
『自由貿易の罠―覚醒する保護主義』
『国力論―経済ナショナリズムの系譜』
『恐慌の黙示録―資本主義は生き残ることができるのか』
まずこのあたりから。
また、中野氏を迎え入れたわが母校の見識にも敬意を。
ごまかしは怒りを呼ぶ時代になった
そう思わせる、世論調査結果の大きな変化だ。菅内閣支持率調査が出た。

朝日新聞社が3、4の両日実施した全国世論調査(電話)によると、菅内閣の支持率は39%で、1週間前の6月26、27日に実施した前回調査の48%から大きく下落した。不支持率は40%(前回29%)。「いま投票するなら」として聞いた参院比例区の投票先は民主30%、自民17%、みんな6%。民主がなお自民に差をつけているものの、前回の39%から大きく減らした。
内閣支持率は、菅内閣発足直後の6月8、9日の調査では60%だった。発足から約1カ月で支持率がこれだけ大きく下落するのは異例だ。


この結果が示す世論動向が、輿石氏を恐れさせ、あきれ返るような対応を生んだのだろう。だが、この異例な支持率の下落は、ぶれ続ける菅首相の発言によって加速されたものだと思う。
輿石氏の論争における態度は、こういった世論動向をいっそう加速するだろう。

消費税増税なんて言ってない!
今日は車で移動していたので、夜ラジオで討論会を聞いていた。民主党の輿石氏は、菅首相も民主党も消費税増税とは言っていないと言っ張った。あきれかえってしまった。こういうやりかたは、世論には、不信感を生みこそすれ、まったく受け入れられないだろうと思う。
輿石氏は日教組出身で知られている。だからネトウヨさんたちからは「サヨク」の烙印を押され、「サヨク」の代表として恐れられている。だが、こういった氏の言動からは、55年体制内の野党の枠内から、古い体質の政治に慣れきった政治家の姿を色濃く見る。輿石氏や日教組なんて、ぜーんぜん左翼の代表なんかじゃないんですよ。サヨクの代表ではあるかもしれないけど。
しらばっくれ方があんまりひどいので、言いたいことを言わせてもらいました。
国民所得と税の負担の関係
それぞれの国では、誰が公共に必要な租税と社会保障負担を行っているか。
国民負担率の内訳の国際比較(日米英独仏瑞)
国民負担率の内訳の国際比較(日伊加丁瑞)
国民負担率の内訳の国際比較(日諾芬丁瑞)
を見ると、とりあえず国際比較ができる。いずれも国民所得に対する比率であらわされている。
ただ、これらのグラフで表されていないところがある。社会保障負担の主体がわからなくなっている。「国民負担率」という言葉で覆ってしまうことによって、事業主負担と本人負担のちがいがあいまいになるからである。
その点で、
所得税の税率の推移(イメージ図)
というページが役に立つ。社会保障負担の主体に関するデータが載っている。

これらをもとに、各国の負担について次のように整理してみる。








所得課税法人所得課税消費課税資産課税等事業主負担本人負担法人税+事業主負担小計合計
日本 7.6 6.5 6.93.6 7.47.613.939.5
アメリカ13.1 3.8 5.73.8 4.34.2 8.134.9
イギリス13.9 4.313.75.8 5.15.5 9.448.3
ドイツ 12.1 2.914.21.216.65.319.552.4
フランス10.0 4.014.68.419.15.123.161.2
スウェーデン19.95.117.45.312.44.817.564.8


社会保障の雇用者負担と個人負担については2006年の数字しか見当たらなかったので、次の式で2007年分の社会保障負担を分けて計算した。
2006年雇用者負担=?
2006年個人負担=?
2007年社会保障負担総額=?
2007年雇用者負担=?×?÷(?+?)
2007年個人負担=?×?÷(?+?)

この結果を見る限り、日本の法人の税負担は高くない。法人税負担だけで議論しようとするのは意図的だといわれても仕方がないのではないだろうか。
一方もし消費税を倍加すると一気に13.8%になって、これらの国の中で高いほうにほぼそろうことになる。ところが社会保障費の雇用者負担分はべらぼうに低いので、結構特異な租税負担構造になるように思うがどうだろう? 消費税を倍増、法人税を40%→25%という改革像について具体的に計算してみると、ちょっと変な国ニッポンになりそうだ。


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  • Author:わにぞう
  • 理系研究者です
    自転車で遠くに行くのが好きです
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