わにぞう日記
日常のなかでいろいろと見たり考えたりします。でも、多くは忘却してしまいます。何かの時に思い出せるように。交流の中で意見が深められたり変わったりするのもおもしろいですね。
09 | 2005/10 | 11
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NEWS23街宣車右翼の視点
NEWS23が興味深い特集を続けている。テーマは「愛国心」。
今日は街宣車の中にいる若者たちの視点から「愛国心」を考える。
かれらも愛国心とは国家に盲従することではないという。だが、結局は国という旗印、あるいは国体たる天皇に対しての盲従を活動のエネルギーにしているのが現状ではあるようだ。ある種の左翼と同じである。その仕組みを組織が再生産する。
「くに」への愛着とは、日本民族のことなのか、日本という国土のことなのか、それとも郷里のことか、家族のことか、はたまた日本国家なのか、あるいは国体たる天皇のことなのか。
「何かのために命を投げ出すことができるのは日本人だけだ」だから日本を誇りに思う。と言う若者。あまりにものを知らない見解ではある。
街宣車からの訴えが道行く人々には響かない。突破口はあるのか。このままでよいのか、と疑問に思い、模索しつつ初めての街宣を行う若者から紡ぎ出される言の葉は、やはり従来の枠を出るものではなく、人々の心を捉え得てはいなかったようである。
明日はネット上の愛国心がテーマだ。

忙しくて今日も思ったことの書き捨て御免の覚え書きが精一杯。お許しのほどを。。。
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民族主義と国家主義とはきっちり区別しよう
国家主義的な教育を行う目的について、かの有名な西村眞悟氏は

お国のために命を投げ出しても構わない日本人を生み出す。お国のために命をささげた人があって今ここに祖国があるということを子どもたちに教える。これに尽きる。
お国のために命を投げ出すことを厭わない機構、つまり国民の軍隊が明確に意識されなければならない、その中で国民教育が復活していく

と述べている。
この発言自体は有名なフレーズだが、高橋哲哉氏は「教育と国家」のなかでこの文面を紹介し、愛国心教育が目指すものを象徴する、いわば説明の必要のない危険な認識として批判されている。
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靖国問題:小泉首相・日本政府の説明責任
百歩譲って、靖国参拝は首相の私的な参拝であったとしよう。だとしても、日本政府・首相の海外に対する説明責任はまったく免れない。首脳会談すらできな事態の解決に全力を挙げるべきだ。小泉首相は、「真意はいつかは中国・韓国にも分かってもらえるはずだ」とだけ述べて、その真意の内容自体については曖昧なままで放置し、説明しようとしない。
真意として首相が説明しているのは、
・二度と戦争を起こさない、世界平和を念願してのこと。
・先の大戦でなくなった方への哀悼の意からの参拝である。
という点。それからかつて国会答弁で、
・靖国神社と首相の認識は違う。
と述べていた。これで充分なのだろうか?
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小泉靖国参拝に際して慎重な議論を
小泉首相の靖国参拝には独特の論理装置が組み込まれている。
靖国神社は先の大戦を正当化する論理で貫かれている神社である。戦時中には戦争への国民動員の精神的支柱となった。どう言いつくろおうと、とりわけ直接侵略を受けた国々の人々がこれを容認できない感情を持つことは当然のことである。
ところが小泉首相は、自身の認識がこういう靖国神社の論理と異なるかのような建前をことあるごとに述べる。国会答弁でも参拝後の記者会見でも。ただし曖昧な形で。今回の参拝でも、「二度と戦争を起こさないという思いをこめた」とか「心ならずも戦争に行かれた方々を弔うためだ」と言う。そして今回は、参拝の形式も庶民と同様の方法を採用した。素朴な参拝者たちからみると、まっとうな行動と論理に見えるような舞台回しである。
ここで参拝批判の論理が単に首相の参拝を「靖国の論理と同じ」と単に断じて切り捨てると、見かけ上それは説得力の薄いものとならざるを得ない。そこに「外国の尻馬に乗って参拝を批判する左翼」という図式が妙に説得力を持つ。
つまり小泉首相は、周辺諸国の指導者たちや国内の参拝反対派の目から見た姿と、国内の素朴な参拝肯定者、特に一般参拝者たちから見た姿が、和解しがたく分裂する方向で最適化された振る舞いをしているように思えてならない。それを可能にする装置が、あいまいな建前論だ。

今回の事態は当面、周辺諸国との矛盾を広げるだろう。これに対して国内の反対派は、単に参拝という物理的な行為に対して、おきまりの批判をするだけに終わってはならない。建前を表現する言葉の曖昧さを突き詰めなければならない。首相は靖国神社の論理を、日本の侵略戦争合理化論を、A級戦犯の戦争責任否定論を、どこまで肯定し、どこから否定するのか。ここをどうとでも理解できる状態を、首相は意識的に維持しているかのように見える。この「認識の逃げ場」に首相を安住させてはならない。
首相の曖昧な建前論の逃げ場のなかで、反対派と素朴な賛成派がそれぞれ都合良く解釈し、相互了解不可能な形で対立しあう事態は最も避けなければならない。首相参拝の報に接してとりいそぎ。
日本財政は本当はどれくらい危機なのか
自分の最も尊敬する二つのブログから、期せずして似たような趣旨を含むエントリーを見いだすこととなった。いずれも日本の財政は本当に危機なのかどうか、一度立ち止まって考えてみるべきであることを示している。ひとつは 「bewaad institute@kasumigaseki」 さんによるエントリー。もうひとつはいつもお世話になっている「世に倦む日々」のエントリーである。
前者はとても質が高く、というよりも高すぎて、自分の文科系に関する教養ではとても追いつけないという(苦笑)、困ったブログ。しばしばまったく理解不能な記事があることを告白しておく。
後者はみなさんご存じのブログであるが、「ようし書くぞぅ」と思っているようなネタをもっと洗練された見地から、もっと分かりやすく先に書かれてしまう(苦笑)というこれまた困ったブログだ。
だが、こればかりは仕方がないことで、良い記事を紹介する栄えある役割をここは以て任じることとする。
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障害者自立支援法案に関する報道
障害者自立支援法案については先日のエントリーでも触れたが、どうも印象が薄い。どうしてこんなに印象が薄いかと思い、朝日新聞を法案再提出日までさかのぼってひっくり返してみると、1面と総合面、政治面に掲載された記事は2つだけしかみつからない。(他にもないような気がするがどうだろう?)
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「世に倦む日々」の呼びかけを支持する
寝る時間がなくなりそうなのだが、これは書いておかないといけないことなので書いておく。「世に倦む日々」の thessalonike さんから重要な呼びかけが発せられた(「STOP THE KOIZUMI ? 改革ファシズムを止めるブロガー同盟」)。わにぞうはこれを歓迎したい。近くきちんとした記事を書き、こちらにTBを送ることとしたい。
障害者自立支援法に関する情報
先の国会の会期末のどたばたで廃案になった障害者自立支援法案が再度国会に提出された。どういう法案かというと、

この「原則1割負担」で、障害者は数少ない収入源である作業所に「利用料」を支払わなければならなくなる。

月1?2万円程度の収入にしかならない作業所に、月1万円あまりの「利用料」を支払う。こんなとんでもない話がまかり通るということが驚きである。(「障害者自立支援法」(きょうのできごと ?自分のための平和と、誰かのための平和と?)より)


というようなものである(この引用の通りかどうかはさておき、要するにどういうモノであるかはわかりますね)。これについて参考になりそうなブログをいくつか紹介しておく。
「先日、衆議院で可決した障害者自立支援法案に対するさまざまなブログの反応」(+ 駝 鳥 +)
駝鳥さんの視点で、多様なブログ上の反応を整理し、引用している。障害者支援に関わっている人たちの具体的な話にもふれることができる。
「真の「敵」は誰だ?@障害者自立支援法案」(Bewaad Institute @Kasumigaseki)
このブログは冷静・正確・良質な一流の経済分析でいつも感心させられているのだが、この話題に関する論評も例外ではない。冷静な言葉だが問題の背景に深く迫っている。
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「世に倦む日々」の展望に共感します
あくまでも独り言レベルの書き込みしか今日はできませんが、やはり「世に倦む日々」の昨日の記事「『改革ファシズム』阻止の政治へ ? 新自由主義革命へのプロテスト」に共感の気持ちを送っておきます(自分の当記事自体にはとてもTBの価値はない記事なので、一方的な思い入れの表明のみですが)。
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だんだん忙しくなってきました(汗)
だんだん忙しさが加速してきました。書き込みが少なめになるかと思いますが、お許しのほどを。
結構いろいろなことを考えるのですが、そのネタ元になっているのは阿修羅という掲示板です。このページのリンクにあるので、興味がある方はどうぞ。ここで今日気になった記事は、日本の課税最低限度が世界的に見て高いのかどうか、という点でした。以前は確か課税最低限度を普通に為替レートを適用して比較すると結構高くなるが、購買力平価などで比べると実は結構低いことになる、というような話を聞いたような気がしますが、どうやら最近、為替レートで直接比較しても日本の課税最低限度は低くなってきているようです。これについてもテレビ番組では田原総一郎などが「課税最低限は高い」と叫んでそれが正しいと言うことになっているようだし、そういえばやしきたかじんが番組で高額所得者の税金がめちゃくちゃに高いかのようなことを叫んでみんな同意していた。いったいどうなっているんだろう。
関連して、日本の企業の税負担は高いという説もあれば低いという説もありますね。高いという説は法人税実効税率で。低いという説は税負担と社会保険料の国民負担に対する比率で。どうもややこしくてどっちがより適切なのか、勉強が必要だ。しかしもうしばらくは時間がとれないなぁ。誰か教えて欲しいな。


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  • Author:わにぞう
  • 理系研究者です
    自転車で遠くに行くのが好きです
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