という情報が入ってきた。 やはりその論じ方そのものの中に、橋下氏がなぜだめなのかを裏書きする要素が垣間見れる。
霞が関の官僚で大学の准教授。最悪のただ飯ぐらいルートだろ。こういう奴らは税金でふんだんな時間を与えられて、朝から晩まで責任のないことをやっている。
この論が成り立つと、国家をはじめとする公的セクターで公のために働こうとする人物には一切発言権がないことになる。また、大学等の学術研究機関において働く「学者」にも一切発言権がないことになる。結局のところ、社会の公のために信念を持って働くことにも、学術的立場から社会を解明しようと働くことにも、意義を一切認めていないのである。 橋下氏は、私企業万歳論、公務無意味論、学術不要論を原理にしている。 普通の人は、私企業はその独自のメリットを生かすと素晴らしい力が出せること。公務員もその志を失えばただの税金泥棒になりうること。学術も現実との緊張関係を失うとただの無責任主張に堕することがあることを理解している。橋下氏の無前提な原理主義とは異なる。 最も深刻なのは、国家や地方の行政というものが、その矜持と志を持って人々のために尽くすという制度設計をする意識がまるでないことがわかってしまうことだ。
もう一つ言いたい。
中野剛志もしょうもない思い上がり識者だったか。残念だ。だいたい、年下のくせに面識のない俺を呼び捨てにすんじぇねえよ。 なんなんだろうね。一度も面識のない相手に、ほんとこういうもの言いができる大人がいるって言うのも日本もダメになったよな。 もう自分が絶対に正しい、自分以外は間違いってな調子。しかもこの年齢で。勘違いも甚だしいね。これまでやった仕事もたいしたことのないもんだろ。口だけで。
こう人を罵倒する人物は、君が代を歌わない教員の口元のチェックまで肯定している。
大阪府立和泉高校(岸和田市)の卒業式で、中原徹校長が教職員による国歌斉唱の有無を口の動きでチェックしていた問題で、大阪市の橋下徹市長は13日、「府教委が起立して斉唱しなさいと職務命令を出し、中原校長は忠実に守った。 口元を見るのは当たり前で、やっていない高校の現場がおかしい」と述べ、改めて対応を支持した。
こうした大阪の教員のなかには、教育の現場で長年にわたり力を尽くしてきた教員もたくさんいるだろう。そういう人々の尊厳の根源を踏みにじるような行為を平気でしておいて、「年下のくせに俺を呼び捨てにするな」はないだろう。
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